N・A・C広島
ケータイサイト
ファンメール N・A・C広島地図 サイトマップ プライバシーポリシー
N・A・C広島トップ 所属俳優&タレント オフィシャルサイト TVタレント・俳優・声優募集 演劇の世界 「源氏物語」ウェブ書き下ろし劇場
「源氏物語」ウェブ書き下ろし劇場
「源氏物語」ウェブ書き下ろし劇場コンテンツ
トップ 創作 備忘録 紫式部年表 「紫式部日記」解読 「紫式部集」解読 「源氏物語」現代語訳 「源氏物語」の花木
「源氏物語」現代語訳
◇広島の演出家、三澤憲治による『源氏物語』の現代語訳/05若紫 「源氏物語」現代語訳
源氏物語五十四帖
01 桐壺(キリツボ)
02 帚木(ハハキギ)
03 空蝉(ウツセミ)
04 夕顔(ユウガオ)
05 若紫(ワカムラサキ)
06 末摘花(スエツムハナ)
07 紅葉賀(モミジノガ)
08 花宴(ハナノエン)
09 葵(アオイ)
10 賢木(サカキ)
11 花散里(ハナチルサト)
12 須磨(スマ)
13 明石(アカシ)
14 澪標(ミオツクシ)
15 蓬生(ヨモギウ)
16 関屋(セキヤ)
17 絵合(エアワセ)
18 松風(マツカゼ)
19 薄雲(ウスグモ)
20 朝顔(アサガオ)
21 少女(オトメ)
22 玉鬘(タマカズラ)
23 初音(ハツネ)
24 胡蝶(コチョウ)
25 蛍(ホタル)
26 常夏(トコナツ)
27 篝火(カガリビ)
28 野分(ノワキ)
29 行幸(ミユキ)
30 藤袴(フジバカマ)
31 真木柱(マキバシラ)
32 梅枝(ウメガエ)
33 藤裏葉(フジノウラバ)
34 若菜上(ワカナジョウ)
35 若菜下(ワカナゲ)
36 柏木(カシワギ)
37 横笛(ヨコブエ)
38 鈴虫(スズムシ)
39 夕霧(ユウギリ)
40 御法(ミノリ)
若紫(わかむらさき)

 (1)(源氏の君は)瘧病(わらわやみ 周期的に発作が起こる病気)を患われて、あれこれ まじないや、加持祈祷をさせられるけど効験がなく、たびたび発作をおこされるので、ある人が、
「北山の、某寺という所にすぐれた修行者がいます。去年の夏も(この病気が)流行り、いろいろな人がまじないをしても効きめがないのを、(この修行者が)即座になおした例がたくさんありました。こじらせると大変ですから、早くお試しください」
 などと言うので、呼びにやられたところ、
「年老いて腰もまがって岩屋の外にも出られません」
 と言ってきたので、(源氏の君は)
「しかたない。ならごく内密に行ってみよう」
 と言われて、供には親しく仕える四・五人だけを連れて、まだ夜が明けないうちに出かけられた。
 (寺は)山深く入った所にあった。
 三月の末なので、京の花の、盛りはもう過ぎていた。山の桜はまだ盛りで、だんだん分け入っていくと、霞のかかった景色も趣深く眺められ、こういうことはめったにないことだし、不自由な身分なので、(源氏の君は)珍しく思われる。
 寺のたたずまいもとても風情がある。峰が高く、岩に囲まれた奥深い所に、聖(修行の念仏行者)はこもっていた。(源氏の君は)登られて、誰とも名乗られず、身なりもやつしていらっしゃるけど、高貴な身分だとわかるので、(聖は)
「もったいない。先日お呼びのお方でしょうか。今は現世のことなど思わず、修験の行法もすっかり忘れていますのに、どうして、わざわざお越しになられたのでしょう」
 と驚き騒いで、笑みをたたえながら拝する。まことに尊い大徳(高徳の僧)であった。護符(仏の徳を表す梵字を書いた札)などを作って、(源氏の君に)飲ましてあげる。加持などもしてあげるうちに、日も高く昇った。

 (2)(源氏の君は)少し外に出て(あたりを)見渡されると、高い所なので、あちこちに、僧坊(僧侶の建物)などがはっきりと見下ろされる。すぐこのつづら折の山道の下に、同じ小柴垣だが、美しくめぐらして、こぎれいな家屋や、廊下などを建て続けて、木立もじつに風情があるので、
「誰が住んでるのだろう?」
 と(源氏の君が)尋ねられると、供の者が、
「これが、某僧都(四位の殿上人)がこの二年籠っていらっしゃる所です」、
「こっちが気おくれするような(立派な)人が住んでる所だな。(それにしても)みっともない、ひどい身なりで来たものだ。(僧都が)聞きつけたら大変だ」
 などと言われる。
 きれいな女童たちが大勢出てきて、仏に水を供えたり、花を折ったりするのがはっきり見える。(供の者たちは)
「あそこに女がいる」、
「僧都は、まさか、女を囲ったりはされないのに」、
「どんな人たちだろう?」
 と口々に言う。下りていってのぞく者もいる。
「きれいな娘たちや、若い女房、子供などが見える」
 と言う。

 (3)(源氏の)君は勤行をされながら、日盛りになるにつれて、〈発作がおこるのではないか〉と心配されるが、(供が)
「なにかと気分を紛らわして、(病気のことは)お考えにならないのがいちばんだと思います」
 と言うので、後ろの山に登られて京の方をご覧になる。遠くまで霞がかかって、周囲の木々の梢がどことなく一帯に煙っている景色を、(源氏の君は)
「まるで絵に描いたような景色だ。こういう所に住む人は、(自然の美しさを)思い残すことなく堪能できるな」
 と言われると、(供は)
「これはたいしたことありません。地方にある海や山の景色をご覧になったら、どんなにか絵もめざましく上達されることでしょう」、
「富士山とか何々嶽(浅間山)とか」
 などと話す者もいる。また西の国の風情のある浦々や、海辺の景色を話し続ける者もいて、なにかと(源氏の君の)気を紛らわしている。
「(都に)近い所では、播磨の明石の浦がやはり格別です。これといった趣深い所はないのですが、ただ海原を見渡しただけでも、不思議なほど他所とはちがって のどかな感じのする所です。播磨国の前の国司で、最近出家して娘を大切に育てている家は とても豪勢です。(その人は)大臣の子孫で、出世もできたはずの人ですが、大変な変わり者で、宮廷づきあいを嫌い、近衛の中将を捨てて じぶんから申し出て賜った国司なのに、土地(播磨)の人々にもいくらか軽蔑されて、
『なんの面目あって、再び都に帰れるか』
 と言って髪をおろしてしまったのですが、(だからといって)多少とも奥まった山中に隠棲するわけでもなく、海辺で暮らしているのは、ひねくれているようですけど、実際、播磨の国には、出家した人の隠棲にふさわしい場所はあっても、深い山里は人家も遠くて寂しく、若い妻子が辛く思うでしょうし、一方ではじぶんの気晴らしにもなるからでしょう。先頃、(私が)下向したついでに、様子を見に立ち寄ったところ、都でこそ不遇のようでしたが、(明石では)その辺一帯の土地を広々と占有して邸を構えている様子は、(軽蔑された)といっても、国司の財力でやったことですから、余生を裕福に暮らせる用意も十分にしてありました。極楽往生の勤行もよく励んで、法師になって かえって品格がよくなったようです」
 と言うので、(源氏の君は)
「ところで、その娘は?」
 と尋ねられる。
「悪くはないと思います、容貌も性質も。代々の国司などが、格別の準備をして、縁談をもちこむようですが、いっこうに承知しません。
『じぶんがこのように むなしく落ちぶれているうえに、(子供は)この娘一人っきり、(国司の妻なんかにするのは)考えてることと全然違う。もしじぶんが死んで、その志が遂げられず、じぶんの決めた運命と違うなら、海に身を投げてしまえ』
 と、常々遺言してあるそうです」
 と言うので、(源氏の)君もおかしく聞かれる。人々は、
「海龍王の后になる秘蔵の娘というわけか」、
「高望みには困ったものだ」
 と言って笑う。
 こんな話をしたのは播磨の守の子で、蔵人から今年五位に叙せられた若者だった。
「とても好色な男だから、あの入道の遺言を破ろうという魂胆があるのだろう」、
「それで(入道の家のまわりを)うろうろしてるのだろう」
 と言いあっている。
「さあ、どうだか。いくら親が自慢しても田舎くさいかも。幼い時からそんな所(田舎)で生まれ育って、古くさい親の言いなりになってるのでは」、
「母親だけは由緒のある家柄らしい。きれいな若女房や、女童などを、都の高貴な家々からツテをたよって捜してきて、まばゆいほど(娘の)世話をさせてるそうだ」、
「心ない人が国司になって赴任したら、いつまでも安心して置いておけないだろうな」
 などと言う者もいる。(源氏の)君は、
「どういうつもりで、海の底などと深く思いつめてるのだろう。はた目にもうっとうしいのに」
 などと言われて、並々ならぬ興味を持たれる。こういう話でも、(源氏の君は)普通とはちがう風変わりなことを好まれる性分だから、ほっておけないだろうと(供たちは)推察する。(供が)
 「日も暮れてきましたが、発作も起こらないようです。早くお帰りください」
 と言うのを、大徳が、
「物の怪が憑いているようでしたから、今夜はやはり静かに加持などをされて、明日お発ちを」
 と言う。
「それもそうだ」
 と一同が言う。(源氏の)君も、こういう旅寝は経験がないので、やはり興味を持たれて、
「なら明日」
 と言われる。

 (4)春は日長で することもないので、夕暮れのたいそう霞んでるのにまぎれて、(源氏の君は)あの小柴垣のあたりに行かれる。供は帰されて、惟光と覗かれると、目の前の西側の部屋に、持仏(守り本尊の仏像)をすえてお勤めしているは 尼だった。簾をすこしあげて、花を供えているようである。中柱に寄りかかって座り、脇息の上に経を置いて、(病気らしく)だるそうに誦経している尼君は、ふつうの人には見えない。四十過ぎくらいで、とても色白で上品で痩せているけど、顔はふっくらとして、目もとや、(尼そぎの)髪の美しく切りそろえてある端も、〈かえって長い髪よりも現代的でいいな〉、と(源氏の君は)感心してご覧になる。
 こざっぱりした女房が二人ほど、ほかに女童が出たり入ったりして遊んでいる。その中で、十歳くらいだろうか、白い単衣(下着)に、山吹襲などの着なれた表着を着て走って来た女の子は、大勢いた子供たちとはちがって、〈成人したらどんなに美しくなるだろう〉と思われるほど可愛らしい顔だちである。髪は扇を広げたようにゆらゆらして、顔は(涙を)こすったので赤くして立っている。
「どうしたの。子供たちとケンカでもしたの?」
 と言って、尼君が見上げた顔に、少し似たところがあるので、〈娘かな?〉と(源氏の君は)思われる。(女の子は)
「雀の子を犬君(いぬき 召使の女童の名)が逃がしてしまったの。伏籠(竹籠)の中にちゃんと入れておいたのに」
 と言って、とても悔しがっている。そばに座っていた女房が、
「またあの、うっかり者がこんなことをしでかして叱られるなんて ほんとにしょうがないわね。(雀の子は)どこへ飛んで行ったのかしら、だんだんなついて可愛くなっていたのに。カラスなどが見つけたら大変よ」
 と言って立って行く。髪がふさふさとして非常に長く、感じのよい人のようだ。少納言の乳母と言われているようで、この子のお守り役なのだろう。尼君は、
「まあ、なんて子供っぽい。どうしてそんなに聞きわけがないの。わたしが今日か明日か知れない命なのに なんとも思わないで、雀を可愛がるなんて。(生き物を捕まえると)罰があたるといつも言っているのに困ったものね」
 と言って、
「ここへ」
 と言うと(女の子は)そばにひざまづく。
 (女の子は)顔つきがとても可愛らしく、眉のあたりがほんのりとして、子供っぽくかき上げている額や、髪の生えぎわがたいへん可愛らしい。〈成長していくのが楽しみだな〉、と(源氏の君は)じっとご覧になる。それは、限りなく想っている人(藤壺)にとてもよく似ているからで〈しぜんに惹きつけられてしまう〉、と思われると涙がこぼれる。 尼君は、(女の子の)髪をかきなでながら、
「櫛を入れるのを嫌がるけど、きれいな髪ね。あまりにも子供っぽいのが、かわいそうで 心配なの。これくらいの年になれば、こんなふうでない人もいるのに。亡くなった姫君(尼君の娘・女の子の母)は、十くらいで父君に先立たれたときは、なんでもよく理解していたものよ。もし今わたしがあなたを残して死んだら、どうやって暮らしていくの?」
 と言ってはげしく泣くのを(源氏の君は)ご覧になると、無性に悲しくなられる。(女の子は)幼心にも、さすがに(尼君を)じっと見つめて、伏し目になってうつむくと、こぼれかかってきた髪がつやつやと美しい。(尼君は)

生ひ立たむ ありかも知らぬ 若草を おくらす露ぞ 消えんそらなき
(どう育っていくか わからない 若い姫を 後に残していくのは 死ぬに死にきれない)

 またそばにいた女房が、
「ほんとうに」
 ともらい泣きして、  

初草の 生ひゆく末も 知らぬ間に いかでか露の 消えんとすらむ  
(萌えはじめた若草の 将来も 見届けないうちに どうして死ぬなどと 思われるのでしょう)

 と言っているところに、僧都が向こうから来て、
「ここは(外から)丸見えです。今日にかぎって端近な所にいらしたものですね。この上の聖の坊に、源氏の中将が、瘧病のまじないに来られたことを、たった今聞きました。ひどく忍んで来られたから知らなくて、ここにいながらお見舞いにも行きませんでした」
 と言うと、(尼君は)
「あら大変。みっともないところを見られなかったかしら」
 と言って簾を下ろした。(僧都は)
「世間で評判の高い光源氏(の君)を、この機会に拝見したいものですな。俗世を捨てた法師でも、思わずこの世の悩み事を忘れ、寿命がのびるようなお姿です。さあ挨拶してきましょう」
 と言って立つ音がするので、(源氏の君は)帰られた。  
 (源氏の君は)〈可愛い子を見たものだ、これだから、(世の)好色な連中は、こんな忍び歩きばかりして、意外な女を見つけるんだな、偶然出かけただけでも、こんな思いがけないことに出会うんだから〉、とおかしく思われる。〈それにしても、ほんとに美しい子だった、どういう子だろう? あの人(藤壺)のかわりに、明け暮れの慰めに一緒にいたい〉、という思いに深くとりつかれた。  

 (5)(源氏の君が)横になっておられると、僧都の弟子が、(取次ぎの)惟光を呼び出す。狭い所なので、(源氏の)君もそのまま聞かれる。
「(拙僧の坊を)素通りされたのを、たった今人から聞いて、すぐにもお伺いすべきでしたが、拙僧がこの寺に籠っていることを知っていながら内密にされているのを、嘆かわしく思いまして。旅先のお宿も、こちらの坊でご用意いたしますのに。とても残念です」
 と言う。(源氏の君は)
「去る十日過ぎ頃から瘧病にかかって、たびたびの発作にがまんができなく、人の勧めるままに、急に思い立ってたずねて来ましたが、このような(名高い)聖の祈祷の効験があらわれない時は、世間体が悪いし、(有名なだけに)普通以上に気の毒なことになるだろうと気を使い、ごく内密にやって来たのです。これからすぐ そちらへも」
 と言われる。  
 (弟子が帰ると)すぐに僧都がやって来た。法師だが、こっちが恥ずかしくなるような、人柄も世間で信頼されている方なので、(源氏の君は)(お忍びの)軽装をきまり悪く思われる。(僧都は)こうして山に籠っている間の話などをされて、
「変わりばえのしない草庵ですが、少しは涼しい遣水でもご覧にいれましょう」
 としきりに勧められるので、(源氏の君は)じぶんをまだ見たことない人たちに(僧都が)おおげさに話して聞かせたのを恥ずかしく思われるけど、可愛かった女の子も気になり(僧都の坊に)出かけられた。  
 なるほど、同じような草や木も特別な心配りをして植えてある。月もない頃なので、遣水のほとりに篝火をともし、灯籠などにも灯を入れてある。正面の部屋は(調度類を)じつに清々しくしつらえておられる。空薫物が奥ゆかしく(部屋全体に)香り、名香(仏にたてまつる)の香りが匂い満ちているうえに、(源氏の)君の(衣服に)たきしめた香りも漂うので、奥の部屋の女房たちも特別に気をつかっているようである。

 (6)僧都は、この世の無常の話や、来世のことなどを話して聞かせられる。(源氏の君は)〈じぶんの罪の深さが恐ろしい、どうにもならないことに心を奪われて、生きているかぎり このこと(藤壺への恋)を悩まなければならないだろう、まして来世の悩みははかりしれない〉と思い続けて、このような世を捨てた山住まいをしたくなられるが、昼間見た(女の子の)面影が心にかかって恋しいので、
「ここにいらっしゃるのは どういうお方ですか? (どなたなのか)お尋ねしたくなるような夢を見たことがあります。今日(ここへ来て)思いあたりましたので」
 と言われると、(僧都は)微笑んで、
「突然の夢のお話ですね。お尋ねになっても、がっかりされることでしょう。按察使大納言(あぜちのだいなごん)は、亡くなってからずいぶん経ちますので、ご存じではないでしょう。その北の方が、わたしの妹(尼君)なのです。按察使の死後、(妹は)出家しましたが、この頃病気がちになりまして、こうして(わたしが)京にも出ないので、わたしを頼って籠もっているのです」
 と言われる。(源氏の君は)
「その大納言には娘さんがいらっしゃると聞いていますが。好色な気持ちからではなく、まじめにお聞きするのですが」
 と憶測で言われると、
「娘は一人だけいました。亡くなってから十年あまりになります。故大納言が、入内させようと大切に育てていたのですが、その思いを遂げないうちに亡くなりましたので、母(尼君)一人で世話をしていたところ、誰が手引きしたのか、兵部卿宮がひそかに通って来られるようになり、(宮の)ご正室はご身分が高いので、(なにかと)気苦労が多くて、明けても暮れても思い悩んだあげく亡くなってしまいました。心労からでも病気になるものだということを(姪を見て)はじめて知りました」
 などと言う。  (源氏の君は)〈なら(あの女の子は)、その娘の子なのだ〉と納得される。〈兵部卿宮(藤壺の兄)の血筋なので、あの人(藤壺)にも似てるのだろうか〉と、ますます心惹かれて世話をしたくなり、〈人柄も上品で美しく、少しも利口ぶったところがないので、一緒に暮らして思い通りに教え育ててみたい〉と思われる。(源氏の君は)
「とてもお気の毒なことですね。その方にはあとに残された忘れ形見もないのですか?」
 と、女の子のことを、もっとはっきり知りたくて、尋ねられると、(僧都は)
「亡くなった頃に生まれました。それも女の子でした。だからなおさら(妹は)心配の種だと、老い先短い今 嘆いているようです」
 と言われる。(源氏の君は)〈やはりそうだったのか〉と思われる。
「突然ですが、(わたしを)その幼い方の後見役にと(尼君に)話していただけませんか? (実は)思うところがあって、通っていく所がありながら、どうも馴染めなくて、独り暮らしも同然なのです。世間一般の考え方からすると、『まだそんな年頃でもないのに』と、変な申し出と思われるもしれませんが」
 などと言われると、(僧都は)
「とても嬉しくなるようなお言葉ですが、(あの子は)まだ ひどく幼稚なところがありまして、冗談にもお相手はできないのでは。そもそも女というものは、人にいろいろ世話をしてもらって一人前になるものですから、(僧侶のわたしなどが)詳しいことは言えませんので、祖母(の尼)に相談してご返事しましょう」
 とよそよそしく言って、堅苦しい様子なので、お若い(源氏の君は)気がひけて、それ以上はなにも話されなかった。(僧都は)
「阿弥陀仏を奉っているお堂で、お勤めする時刻になりました。初夜の勤めもまだしていません。すませてからまた伺いましょう」
 と言って、(お堂に)上られた。

 (7)(源氏の)君は気分がとても悪いのに、雨が少し降ってきて、山風も冷ややかに吹き、滝の水かさも増して(滝水の落ちる)音が高く聞こえる。少し眠たそうな読経の声が絶え絶えにぞっとするほど心にしみて聞こえてくるなど、無関心な人でも場所が場所だけに神妙な気持ちになるが、なおさら(源氏の君は)思いめぐらすことが多くて、眠ることもできない。
 (僧都は)初夜と言っていたが、夜もたいそう更けてしまった。
 奥の方でもまだ人の起きている気配がして、音を立てないようにしてるらしいが、数珠が脇息に触れて鳴る音がかすかに聞こえ、やさしくさやさやと鳴る衣ずれの音も〈品がいい〉と(源氏の君は)聞かれて、距離も近いので、部屋の外に立ててある屏風の中ほどを少し引き開けて、扇を鳴らされると、(奥では)思いもよらないことだが、聞こえないふりもできないのでにじり寄ってくる人がいる。(その女房は誰もいないので)少し後戻りして、
「変だわ、聞き違いかしら」
 と不審がるのを(源氏の君は)聞かれて、
「仏の導きは、暗いところでもけっして間違わない」
 と(法華経を引用して)言われる声が若々しく気品があるので、(女房は)声を出すのも恥ずかしいが、
「どこへご案内すればいいのか。わからないのですが」  
 と言う。(源氏の君は)
「そうでしょ、〈唐突な!〉と不審に思われるのも当然ですが、

初草の 若葉のうへを 見つるより 旅寝の袖も つゆぞかわかぬ
(初草の 若葉のように可愛い方を 見てからは 旅寝の衣の袖も 恋しさの涙に濡れて乾くときがない)

と伝えてくれませんか」  
 と言われる。(女房は)
「とてもこんな歌をいただいても 理解できる人もいないのをご存じのはずなのに、いったい(この歌を)誰に?」
 と言う。(源氏の君は)
「しぜんと、そうなる理由があって言ってるのだと、思ってください」
 と言われるので、(女房は奥へ)入って(尼君に)取次ぐ。(尼君は)
「まあ、今風(大胆)なこと。姫君が男をわかる年ごろだとでも思っていらっしゃるのかしら。それにしても、あの若草の(歌)を、どうして聞かれたのだろう」
 といろいろ納得がいかず気持ちが乱れるが、(返歌が)遅くなると、失礼なので、

「枕ゆふ 今宵ばかりの 露けさを 深山の苔に くらべざらなむ
(旅寝の枕を結ぶ 今夜だけの 湿っぽさを 山籠りの苔の湿っぽさと 比べないでください)

(わたしどもの袖も)乾きそうにありません」  
 と言われる。(源氏の君は)
「こういう人を介してのご挨拶は、まだしたことがなく、はじめてのことです。恐縮ながら、こういう機会にまじめにお話ししたいことがあります」
 と言われると、尼君は、
「聞き違いをなさっているのでしょう。(貴方のような)ご立派な方に、何をお答えしたらよいのでしょう」  
 と言われるので、
「(それでは)そっけないと思われるのでは?」
 と女房たちが言う。(尼君は)
「そうね、若い人なら嫌かもしれないけど(年寄りのわたしなら)。誠実におっしゃっているのだから、ありがたく(応対しなくては)」  
 と言って、近寄って来られる。(源氏の君は)
「突然で、軽薄だと思っていらっしゃるかもしれませんが、じぶんはけっしてそんなことはなく、仏もお見通しのはずです」  
 と言われたものの、(尼君の)落ち着いた 気おくれするような感じに圧倒されて、すぐには話をきりだすこともできない。(尼君は)
「ほんとうに思いもかけないこんな時に、こうまでおっしゃり(こちらも)お話しさせていただくのですから けっして軽薄な気持ちからとは」  
 と言われる。(源氏の君は)
「お気の毒な身の上なのですから、(わたしを)亡くなられた方の代わりに考えていただけませんか。(わたしも)幼少の頃に、世話してくれる人にも先立たれましたので、拠り所もなく年月を重ねてきました。(姫君は)同じような境遇のようですから、お仲間にしていただきたいと、心からお願いしたく、こんな機会はめったにないので、どう思われるかも考えないで、お話したのです」  
 と言われると、(尼君は)
「とても嬉しいお話ですが、なにか間違ってお聞きになっているのではないかと、気になりまして。(こんな)卑しい年寄り一人を、頼りにしている子はいますけど、(その子は)まだとても幼くて、どう大目に見ても(結婚相手には)ふさわしくありませんので、(あなたの申し出を)了承するわけにはいかないのです」  
 と言われる。(源氏の君は)
「すべてはっきり知っていますので、そんなに躊躇なさらず、(こんなことを言うのも)ふつうの人とは違う(わたしの)想いの深さだと思ってください」
 と言われるが、(尼君は)〈とっても不似合いなことを知らないでおっしゃってる〉と思われて、うちとけた返事もされない。僧都が帰ってこられたので、(源氏の君は)
「いいでしょ、ここまで話すことができたから、安心です」  
 と言って、屏風を閉められた。

 (8)明け方になったので、法華三昧(法華経を読誦)を勤めるお堂の懺法(罪過を懺悔)の声が、山から吹きおろす風にのって聞こえてくるのがまことに尊く、滝の音に響き合っている。(源氏の君は)

吹き迷ふ 深山おろしに 夢さめて 涙もよほす 滝の音かな
(吹きすさぶ 山おろしの風に 煩悩の夢もさめて 感涙をさそう 滝の音だな)  

 (これを受けて僧都は)

さしぐみに 袖ぬらしける 山水に すめる心は 騒ぎやはする
(つい涙ぐまれて 袖を濡らされた 山水にも 隠れ住むわたしの心は 動かされることもない)

聞きなれています」
 と言う。  
 明けてゆく空はたいそう深く霞んで、山の鳥たちもどこかでさえずりあっている。名前もわからない木や草の花々が色とりどりに散りまじって、錦を敷いたように見える所に、鹿がたたずんだり歩いたりしているのを珍しくご覧になると、(源氏の君は)気分の悪いのも忘れてしまわれる。  
 聖は、身動きもできないが、やっとのことで護身の修法をしてあげられる。しわがれた声が、歯のすき間から洩れて聞きにくいのも、(かえって)修行の年功を感じられ、陀羅尼を読んでいる。

 (9)お迎えの人々がやって来て、病気がなおったお慶びを言われ、帝からもお見舞いがある。僧都は、めったに見ることができない果物を、あれこれと、谷の底まで掘り出して熱心に準備される。
「今年いっぱいの固い誓い(千日籠り)がありまして、(京まで)お見送りに行けませんので。かえって別れづらく思われます」
 などと言われて、酒をすすめられる。(源氏の君は)
「山や水に心が惹かれますが、帝が心配していらっしゃるのも畏れ多いことで。この花が散らないうちにまたやって来ましょう。

宮人に 行きてかたらむ 山桜 風よりさきに 来ても見るべく」
(大宮人に 帰って話しょう、この美しい山桜を 風が吹き散らす前に 来て見るように)  

 と言われる様子や、声までがまぶしいほど美しいので、

優曇華の 花待ち得たる 心地して 深山桜に 目こそうつらぬ
(あなたに会って 優曇華の 花が咲くのにめぐり逢ったような 気がして 深山桜には 目も移りません)  

 と言われると、(源氏の君は)微笑まれて、
「時をえて(三千年に)一度だけ花開くという花(優曇華)には(わたしなんか)とてもおよばない」  と言われる。聖は、盃を戴いて、

奥山の 松のとぼそを まれにあけて まだ見ぬ花の 顔を見るかな
(〔修行三昧の〕奥山の 松の扉を 珍しく開けて 見たこともない花のような 源氏の君の顔を見る)  

 と感涙して(源氏の君を)ご覧になる。聖は、お守りに独鈷(とこ 密教の仏具)をさしあげる。それをご覧になって、僧都は、聖徳太子が百済から入手しておかれた金剛子の数珠の玉で装飾してあるのを、百済から入れてきたままの唐風の箱のまま、透き通った袋に入れて、五葉の松の枝に結びつけ、さらに紺瑠璃の壺などに薬を入れて、藤や桜などの枝に結びつけて、山里にふさわしい数々の贈物を献上される。(源氏の)君は、聖をはじめとして、読経を勤めた法師への布施の品の数々、そのほか用意した品々を、いろいろと京へ取りにやっておかれたので、そのあたりの樵人(きこり)にまで相応の物を与えられ、誦経の寄進をされて出立される。  
 僧都は奥へ入られて、あの(源氏の君の)言葉を(尼君に)そのまま伝えられるけど、(尼君は)
「とにかく、今はなんとも言えません。もしそんな深いお気持ちがあるのなら、あと四・五年経ってからなら どのようにでも」  
 と言われ、僧都でも前と同じ返事なので(源氏の君は)残念に思われる。(尼君への)手紙を、僧都に仕える小さな童にことづけて、

夕まぐれ ほのかに花の 色を見て けさは霞の 立ちぞわづらふ
(昨日の夕暮れ ほのかに花のような 美しい人を見たので 今朝は霞のように 立ち去りがたい)  

 返事は、

まことにや 花のあたりは 立ちうきと かすむる空の けしきをも見む
(ほんとうかしら 花のあたりを 立ち去りにくいのは 霞んだ空のような あなたの 心を見届けたい)  

 と由緒のある筆跡でとても優雅に、走り書きしてある。

 (10)(源氏の君が)車に乗られるときに、左大臣家から、
「行き先も言われないで出かけられるとは」
 と言って、迎えの人々や、ご子息たちが大勢来られた。頭中将や、左中弁(夕顔巻の蔵人弁)、そのほかの公達たちも後を追って来られて、
「こういうお供は喜んでしようと思っているのに、置き去りにされるとは」
 と恨まれ、
「こんな素晴らしい花(桜)の蔭に、少しも足を止めずに引き返すのはつまらないですよ」
 と言われる。岩陰の苔の上に並んで座り、酒を飲まれる。流れ落ちてくる水の様子など、趣きのある滝のほとりである。
 頭中将が、懐に入れていた横笛を取り出して澄んだ音色で吹いている。弁の君は、扇を軽く打ち鳴らして、
「豊浦の寺の西なるや[催馬楽・葛城])
 と謡う。普通の人より秀でたご子息たちだが、(その中でも)源氏の君のひどくだるそうに、岩に寄りかかっていらっしゃる姿が、ぞっとするほど美しいので、ほかのものに目移りするようなことはない。いつものように、篳篥(ひちりき)を吹く随身や、笙(しょう)の笛を従者に持たせている芸達者たちもいる。僧都はじぶんから琴(七弦)を持ってきて、
「これを、ほんの一曲だけでも弾かれて、同じことなら、山の鳥も驚かしてください」
 としきりにお願いされるので、(源氏の君は)
「気分がすぐれないのですが」
 と言われるものの、無愛想にならない程度にかき鳴らしてから出立された。  
 名残惜しく残念だと、なんでもない法師や、童たちまで涙を流している。まして奥では、年老いた尼君たちなどが、今まで、これほど美しい人の姿を見たことがなかったので、
「この世のものとも思えない」
 と言いあっている。僧都も、
「いったい、どういう前世の宿縁で、このような素晴らしいお姿で、わずらわしい日本の末世にお生まれになったのかと思うと、まことに悲しい」
 と言われて涙をぬぐわれる。  
 姫君は、幼心に、(源氏の君を)素敵な人だと思われて
「お父さまよりもずっとご立派ね」
 などと言われる。(女房が)
「なら、あの方のお子さまにおなりになったら」
 と言うと、うなずいて、〈そうなったらいいな〉と思っていらっしゃる。雛(人形)遊びでも、絵を書かれても、〈これは源氏の君よ〉ときめて、きれいな着物を着せて大切にしていらっしゃる。

 (11)(源氏の)君はまず宮中に参内されて、ここ数日来の話をされる。(帝は)
「ひどくやつれてしまったな」
 と言われて、とても心配される。(そして)聖の優れていることなどを尋ねられる。(源氏の君が)詳しく話されると、(帝は)
「阿闍梨などにもなるはずの人なのだろう。それほど厳しい修行を積んでいながら、朝廷に知られていなかったとは(不思議だ)」  
 と、(聖を)尊がられておっしゃる。  左大臣も参内されていて、
「お迎えにと思っていましたが、お忍びのお出かけでしたので、どうかと遠慮しまして。(私どもの邸で)一日二日ゆっくりとお休みください」  
 と言い、
「すぐにお送りしましょう」  
 と言われるので、(源氏の君は)行きたくはないが、(左大臣の気持ちに)ほだされて退出される。(左大臣は)じぶんの車に(源氏の君を)お乗せして、じぶんは後ろの席に乗られる。(このように)丁重におもてなしをされる(左大臣の)細やかな心配りを、(源氏の君は)さすがに心苦しく思われる。  
 邸でも、(源氏の君が)いらっしゃるだろうと気をつかって、久しく来られなかった間に、ますます玉の御殿のように磨いて飾り立て、なにもかも美しく整えていらっしゃる。女君は、いつものように、奥に隠れてすぐには出てこられないのを、(左)大臣がしきりに催促されたので、やっとのことで出てこられた。まるで、絵に描いた物語の姫君のように(女房たちに)大切にかしずかれて、身じろぎもなさらず、端正に座っていらっしゃるので、(源氏の君は)思っていることや、北山行きのことを話して、(女君が)気のきいた返事をしてくれるなら 話しがいがあり 可愛くもあるが、(女君は)少しも打ち解けず、(源氏の君を)うとましく気づまりに思って、年月が経つほど、疎遠になる一方なのが、とても辛く気にいらないので、
「時々はふつうの妻らしくしてほしいな。ひどい病気だったのに、どうだったかと聞かれないのも、いつものことだけど、やはりさびしいよ」  
 と言われる。(女君は)ようやく
「『問はぬはつらきもの』と(歌に)あるでしょ」
 と、流し目でご覧になったまなざしは、こっちが恥ずかしくなるほど、気品高く美しい容貌である。(源氏の君は)
「たまに口を開けばあきれたことをおっしゃる。『問はぬ』などという(水臭い)仲では(わたしたちは)ないでしょ。(よくそんな)情けないことが言えますね。いつまでも冷たくされて、いつかは思いなおしてくださるだろうと、いろいろ試してみたけど、ますます嫌いになっていかれるようだ。しょうがない。せめて命さえあれば」
 と言われて、寝室にお入りになった。女君は、すぐにはお入りにならず、返事に困って、ため息をついて横になられるが、(源氏の君は)なんとなく気まずいのか、眠たそうなふりをされて、あれこれと男女の仲について思い悩んでいらっしゃる。
 (源氏の君は)あの若草(のような女の子)の成長ぶりを見たいのだが、〈不似合いな年頃だと(尼君が)思っていたのももっともで、言い寄りがたいな、なんとかして、(邸に)すんなり引き取り、明け暮れの慰めにしたい、(父の)兵部卿宮は、とても上品で優雅なのだが、つややかな美しさなどないのに、(あの子は)どうして一族のあの方(藤壺)に似てるのだろう。(兵部卿宮と藤壺が)同じ后の子(兄妹)だからだろうか〉などと思われる。(あの子と藤壺が姪と叔母で)血がつながってると思うと、(源氏の君は)〈どうしても(引き取りたい)〉、と切実に思われる。

 (12)翌日、(源氏の君は尼君に)手紙を送られた。僧都にも(意中を)ほのめかされたようである。尼君には、
「取りあげてもくださらなかった様子に気がひけて、思っていることを十分にお話しすることもできなかったのが気がかりです。このように申し上げますのも、並々ならぬわたしの気持ちのほどとお察しくださいましたら、どんなに嬉しいことでしう。」  
 などと書いてある。その中に(女の子あてに)小さな結び文にして、

面影は 身をも離れず 山桜 心のかぎり とめて来しかど
(山桜のような あなたの面影が 身から離れない 心のありったけを そこに残してきたのに)

(花を散らすのではないかと)夜の間の風が気になって」  
 とある。筆跡の見事さはいうまでもなく、さりげなくお包みになった趣向も、盛りを過ぎた尼君たちの目にはまばゆいほど素晴らしく見える。
「まあ困った、どうお返事したら?」
 と(尼君は)悩んでいらっしゃる。(返事は)
「(先日の)お出かけの時のお話は、ご冗談と思っていましたのに、わざわざお手紙まで賜りましては、申し上げようもありません。(姫君は)まだ(手習いの)《難波津》の歌さえも満足に続けて書けないのですから、どうしようもありません。それにしましても、

嵐吹く 尾上の桜 散らぬ間を 心とめける ほどのはかなさ
(嵐が吹けば散ってしまう桜 その散らないほんの一時だけ 心をとめられたのは ほんの気まぐれでは)

いっそう気がかりでして」
 と書いてある。僧都からの返事も同じようだったから、(源氏の君は)残念でならず、二・三日して、惟光を使者につかわされる。
「少納言の乳母という人がいるはずだ。(その人を)たずねて、うまく話してみてくれ」
 と言いつけられる。(惟光は)〈こういうことには抜け目がないな、まだあんな子供だったのに〉と、はっきりとではないが(じぶんも)覗き見した時のことを思い出すとおかしくなる。
 (源氏の君から)わざわざこういう手紙があったので、僧都も恐縮している。
 (惟光は)少納言の乳母に(面会を)頼んで会った。詳しく、(源氏の君から)言いつけられたことや、日ごろの様子などを話す。(惟光は)口達者な男で、もっともらしくいろいろ話すが、〈まだ無理な年なのにどういうつもりなのだろう?〉と、誰も(尼君や僧都たち)が変に思っている。(源氏の君は)手紙もとても心をこめて書かれ、例のように、中に(結び文をして)
「その(まだ上手に書けない)放ち書きでも、ぜひ見せていただきたいのです」
 と書いて、(別の手習い歌の「浅香山」を引用して)

あさか山 あさくも人を 思はぬに など山の井の かけ離るらむ
(浅香山のようには 浅くは思ってないのに 山の井に影が宿らないように どうして離れてしまわれるのか)

返事は、

汲みそめて くやしと聞きし 山の井の 浅きながらや 影を見るべき
(汲んでみて 後悔するという 浅い山の井のように あなたが浅い心のままでは どうして姫と逢えるのでしょう)

 惟光も同じことを(源氏の君に)報告する。(少納言からの返事も)
「(尼君の)ご病気がよくなりましたら、しばらくして、京の邸にお帰りになりますから、(そのときに)ご返事いたしましょう」  
 とあるので(源氏の君は)もどかしく思われる。

 (13)藤壺の宮は、気分のすぐれないことがあって、(宮中を)退出された。帝が心配されて嘆かれる様子を、(源氏の君は)とても気の毒で同情しないではいられないが、〈こういう機会にこそ〉と想い焦がれて、どこにも出かけられず、宮中にいても自邸にいても、昼間はぼんやりと物思いに沈み、日が暮れると王命婦(王族出身)につきまとって(藤壺の宮との逢瀬の取次ぎを)せがまれる。(王命婦は)どのような策をめぐらしたのだろうか?、(源氏の君は)無謀にもお逢いするのだが その逢瀬までも、現実のこととは思われないのはわびしいことである。
 (藤壺の)宮も あの意外な出来事を思い出されるだけでも、いっときも忘れられない悩みにさいなまれて、もうあれっきりにしようと深く思っていらっしゃったのに、(またこんなことになったのが)たまらなく情けなくて、ひどく辛そうな様子であるものの、(源氏の君に対しては)情がこもっていて愛らしく、(それでいて)馴れ馴れしくするわけではなく 慎み深く こちらが恥ずかしくなるような接し方がやはり他の人とは違っていらっしゃるのを、(源氏の君は)〈どうして少しの欠点もないのだろう?〉と、かえって恨めしくさえ思われる。
 どれだけのことが話せただろうか? (永久に夜が明けない)[暗部(くらぶ)の山]にでも泊まりたいようだが、あいにくの(夏の)短夜では、かえって逢わないほうがいいような悲しい逢瀬である。

見てもまた あふよまれなる 夢の中に やがてまぎるる わが身ともがな
(逢うことができても また逢える夜はめったにないから 夢の中に 消えてしまいたい)  

 と、涙にむせかえっていらっしゃる様子も、さすがに気の毒なので、(藤壺の宮は)

世がたりに 人や伝へん たぐひなく うき身を醒めぬ 夢になしても
(後々の世まで 人は語り伝えるのでは? この上なく辛いこの身を 覚めることのない 夢のこととしても)

 (藤壺の宮が)思い悩んで乱れていらっしゃる様子も、もっともで畏れ多いことである。
 命婦の君が、(源氏の君の)直衣などをかき集めて持って来た。

 (14)(源氏の君は)二条院に帰られて、泣き臥して過ごされた。(藤壺の宮への)手紙なども、例によって、ご覧にならない旨の返事ばかりで、いつものことながらも、(一層)辛くて茫然自失となって、宮中へも参上しないで二・三日閉じこもっていらっしゃるので、〈また、どうしたのか?〉と(帝が)心配されるのを思うと、(源氏の君は)(犯した罪を)ひたすら恐ろしく思われる。  
 (藤壺の)宮も、やはり〈なんという情けない身の上だろう〉と嘆かれると、気分もますます悪くなられて、早く参内するようにとの使者がしきりにあるが とてもその気になれない。たしかに気分がいつもと違っているのはどうしたことかと、ひそかに思い当たることがあるので、情けなく、〈どうなるのだろう?〉とばかり思い悩んでいらっしゃる。暑い間はなおさら起き上がることもできない。
 三月(みつき)になられると、もうはっきりと(懐妊だと)わかって、女房たちもそれとなく気づくので、恐るべき前世からの宿縁を辛く思われる。女房たちも思いもしないことなので、
「この月になるまで どうして(帝に)報告されなかったのだろう」  
 と意外に思っている。(藤壺の)宮自身も、(源氏の君の子を宿したと)確信されるのだった。
 湯殿などにも身近に仕えて、(藤壺の宮の)どんな様子もはっきり知っている乳母子の弁や、命婦などは、変だとは思うが、互いに口にすべきことではないので、やはり逃れることができなかった宿縁なのだと、命婦のほうは嘆かわしく思う。 帝には物の怪の災いによって、すぐには(懐妊の兆候を)判別できなかったと報告したようである。周囲の人々もそうとばかり思うのだった。(帝は)(藤壺の宮を)ますます限りなく愛しく思われて、(お見舞いの)使者が頻繁に訪れるのを(藤壺の宮は)そら恐ろしく、物思いの休まるときもない。
 源氏の君も、とても恐ろしい異様な夢を見られて、夢占いをする者を呼ばれて尋ねられると、(夢占いは)ありえない想像を絶するようなことを(夢の意味として)解いた。
「その(運勢の)中には順調にいかないことがあって、謹慎しなければならないことがあります」
 と言うので、(源氏の君は)(こんな占いをさせたことを)わずらわしく思われて、
「(これは)わたしの見た夢ではない、ある方(帝)の夢のことを話したのだ。この夢が現実になるまで、人には話さないように」
 と言われて、心の中では、〈どういうことなのだろう?〉と考えつづけていらっしゃるところへ、藤壺の宮の懐妊の噂を聞かれて、〈あの夢はこういうことだったのか〉と思い当たられると、ますます熱心に言葉を尽くして(逢瀬を)懇願されるが、命婦にしても、不気味なほど困りきってしまって、とても仲立ちする気にはなれない。(藤壺の宮から)ほんの一行ほどの返事がたまにあったが(それも)すっかり途絶えてしまった。
 七月になって(藤壺の宮は)参内された。(帝は)久しぶりなので愛おしく、ますますその愛情のほどは限りがなかった。(藤壺の宮は)少しふっくらとされて、気分がすぐれず面やつれしてらっしゃる様子は、かえって、比類ないほど美しい。いつものように、(帝は)明けても暮れても藤壺の宮のところにばかりいらっしゃって、管弦の遊びもしだいに趣き深くなる季節(秋)なので、源氏の君もたえずそばに呼ばれて、琴や笛などをあれこれ演奏するよう命じられる。(源氏の君は)ひたすら隠していらっしゃるが、こらえきれない気持ちが漏れそうな時々もあって、(藤壺の)宮もさすがに いろいろな忘れられないことを思い続けていらっしゃるのだった。

 (15)あの山寺の尼君は、(病気が)よくなられて(北山を)出られた。(源氏の君は)京の住まいを捜しだして、手紙を時々出される。(尼君からの返事が)相変わらずなのは言うまでもないが、この何ヶ月かは、これまで以上に(藤壺の宮への)想いがつのり、ほかのことなど考える余裕もなく時が過ぎてゆく。
 秋の終わり頃、(源氏の君は)とても心細くて嘆いていらっしゃる。月の美しい夜、忍んで通う所にやっと思い立って出かけられると、時雨めいた雨が降ってくる。行き先は六条京極のあたりで、宮中からの(外出)なので、少し遠い感じがするが、(その途中)荒れた家で、(庭の)木立が古びて鬱蒼と茂っていて、暗く見える所がある。いつも供をしている惟光が、
「(ここが)亡くなられた按察大納言の家です。先日ついでがあって訪ねてみましたところ、あの尼君がすっかり弱ってしまわれたので、どうしていいかわからないと(女房が)話していました」  
 と言うと、(源氏の君は)
「お気の毒に。お見舞いしなければならなかったのに、どうして知らせてくれなかったのだ。(すぐに)行って挨拶を」  
 と言われるので、(惟光は)供に取次がせる。(源氏の君が)わざわざこうして立ち寄ったのだと言わせたので、(供が家へ)入って、
「(源氏の君が)お見舞いにいらっしゃいました」
 と言うと、(女房たちは)驚いて、
「まあどうしたらいいのでしょう。(尼君は)この頃ずっと、めっきり弱っていらっしゃるので、お目にかかることなど とても」  
 と言うけれど、このままお帰しするのも失礼なので、南の廂の間を片づけて(源氏の君を)お入れになった。(女房は)
「大変むさ苦しい所ですが、せめてご挨拶だけでもと思いまして。なにぶんにも突然のことで、うっとうしい部屋で(申しわけありませんが)」  
 と言う。(源氏の君は)たしかにこんな所は、勝手が違うと思われる。(源氏の君は)
「いつも(お伺いしようと)思いながら、すげない返事ばかりでしたので つい遠慮しまして。病気がこんなに重くなっていらっしゃるのも お聞きしていなかったとは 気が利きませんで」  
 などと言われる。(取次ぎの女房が尼君の言葉を)
「気分の悪いのは、いつものことですが、(命の)際になりまして、まことにもったいなくも(こうして)お立ち寄りくださいましたのに、直接お話しできないとは(残念です)。おっしゃっていた あの件は、万が一にもお気持ちが変わらないようでしたら、このようなわけのわからない年頃を過ぎましたら、お目をかけてやってくださいませ。(姫君を)ひどく頼りない状態で残していくのが、願っている往生の障りになるのではないかと思われます」  
 などと言われる。  
 (尼君の病床が)すぐ近い所なので、(尼君の)心細そうな声がとぎれとぎれに聞こえて、
「ほんとうにありがたいことです。せめてこの姫が、お礼の言葉を言える年頃でしたら」  
 と言われる。(源氏の君は)しみじみと聞かれて、
「どうして、いい加減な気持ちで、こんな好色めいたことができるのでしょう。どういう前世の宿縁なのか、はじめて拝見したときから 心底 愛おしくてたまらず、(じぶんでも)不思議なほど、この世だけの縁とは思われないのです」  
 などと言われて、
「(このまま帰るのも)寂しいだけですから、あの可愛い方のお声を一言でも、ぜひ」  
 と言われると、(取次ぎの女房が)
「それがもう、(尼君の重い病など)なにも気になさらない様子で、おやすみになってしまわれて」  
 などと言っている ちょうどその時、向こうからやって来る音がして、
「おばあさま、あのお寺にいらした源氏の君さまがいらっしゃってるんだって。どうしてご覧にならないの?」  
 と(姫君が)言うのを、女房たちはとても決まりが悪い思いがして、
「お し ず か に!」  
 とたしなめる。(姫君は)
「だって、(源氏の君さまを)ご覧になったら気分の悪いのもよくなったって、(おばあさまが)おっしゃったからよ」  
 と、じぶんは〈とてもいいことを言ってる〉という気持ちでおっしゃる。(源氏の君は)〈面白いな〉と聞かれるが、女房たちが困りきっているので 聞こえなかったふりをして、丁重なお見舞いを言われて帰られた。
〈なるほどまだ子供だな、でも、しっかり教えよう〉  
 と(源氏の君は)思われる。

 (16)また別の日、(源氏の君は)とても心を込めて便りをされる。例によって小さい結び文に、

「いはけなき 鶴の一声 聞きしより 葦間になづむ 舟ぞえならぬ
(幼い 鶴の一声を 聞いてから 葦の間を漕いで行く 船のもどかしさ)

(堀江漕ぐ 棚無し小舟 漕ぎかえり)同じ人にや(恋ひわたりなむ〔古今集〕)の歌のように ずっと恋い慕います」  
 と わざと子供っぽく書いてあるのも、とても見事なので、
「このまま(習字の)お手本に」  
 と女房たちが言う。少納言が返事をする。
「お見舞いくださった尼君は、今日一日も もたないような状態で、山寺に移るところでございます。このようなお見舞いをいただいたお礼は、あの世からでもいたしましょう」  
 とある。(源氏の君は)とても悲しい気持ちになられる。
 秋の夕べは、いっそう、心の休まる時がなく 恋いこがれている藤壺の宮のことばかりを思いつめて、その縁のある子を無理やりにでも手に入れたい気持ちがつのるだろう、「消えんそらなき(死ぬに死にきれない)」と(尼君が)詠んだ夕べのことが思い出されて、(女の子が)恋しいが、また一方では、
〈(一緒に暮らしたら)見劣りがするかもしれない〉
 とさすがに不安になられる。

手に摘みて いつしかも見む 紫の ねにかよひける 野辺の若草
(いつになったら 手に摘んで見ることができるだろう あの紫草〔藤壺の宮〕の 根につながっている 野辺の若草を)

 (17)十月に(桐壺帝の)朱雀院への行幸が予定されている。舞人などには、高貴な家の子息たちや、上達部、殿上人などでも その方面に優れた人たちが、みな選び出されたので、親王たちや大臣をはじめとして、それぞれが技芸の練習のため、多忙である。  
 (源氏の君は)山里の人にも、久しくご無沙汰だったのを、思いだされて、わざわざ使者をつかわされたところ、僧都からの返事だけがある。
「先月(九月)の二十日ごろに (尼君は)とうとう亡くなってしまいまして、人の世の定めとはいえ、悲しく思われます」  
 などとあるのを(源氏の君は)ご覧になると、人の世のはかなさを悲しく思われ、
〈(尼君が)気がかりに思っていた人はどうしてるのだろう?、幼いのだから(亡き人を)恋い慕って悲しんでることだろう〉  
 と、(じぶんが)母に先立たれたことなども、おぼろげながら思いだされて、心を込めて弔問された。少納言が、心得のあるお返しをした。

 (18)(尼君の)忌中(二十日間)が過ぎて、(姫君は)京の邸に移られたと聞かれると、(源氏の君は)しばらくしてから、暇な夜にご自身で訪ねられた。とても不気味な荒れはてた所で、人気も少ないので、
〈幼い人はどんなに恐がってることだろう〉  
 と思われる。例の所(南の廂の間)にお通しして、少納言が、(尼君の)臨終の様子などを泣きながら話すので、(源氏の君も)もらい泣きされて袖も涙で濡れてしまう。(少納言は)
「(姫君は)父宮(兵部卿の宮)にお渡ししようと思っていますが、(姫君の)亡くなられたお母様が(兵部卿の宮の北の方の仕打ちに)
『とても辛い情けない思いばかりされたのに、(この子は)(可愛がってもらえるほど)幼くもないし、かといって しっかりと人の気持ちを理解できるわけでもなく、中途半端な年ごろなので、大勢いらっしゃるお子たちの中で冷たくされるのでは?』
 と、亡くなられた尼君も、いつもそう心配されていて、なるほどと思われることがたくさんありますのに、このように かりそめにせよ もったいないお言葉を、これから先のお気持ちはともかくとして、とても嬉しく思わなければならないのですが、(当の姫君が)少しも(あなたさまと)お似合いのようなところがなく、お年よりは子供じみていらっしゃるので、ほとほと困ってしまいます」
 と言う。(源氏の君は)
「どうして、こう繰り返し言っている わたしの気持ちを、わかってくださらないのでしょう。姫君の頼りないのが、可愛く懐かしく思われるのも、前世からの宿縁が格別なのだと思い知らされます。やはり(こういうことは)、人づてではなく じかにわたしの気持ちを伝えたい。

あしわかの 浦にみるめは かたくとも こは立ちながら かへる波かは
(葦の若芽の生える 和歌の浦に海松布[みるめ]は 生えにくいように 姫君に逢うのが難しくても このまま帰れるだろうか)

あまりにもひどい」  
 と言われると、(少納言は)
「ほんとうに申し訳ないことで」  
 と言って、

寄る波の 心も知らで わかの浦に 玉藻なびかん ほどぞ浮きたる
(言い寄るあなたの 心もわからないで 玉藻が波になびくように 姫君があなたになびいたら あまりにも軽々しいことで)

無理なことです」  
 と言う物慣れた態度に、(源氏の君も)そんなに悪い気がしない。(源氏の君は)人知れぬ 身は急げども 年を経て など越えがたき 逢坂の関(後撰集)の歌になぞらえて
「なぞ恋ひざらん(どうして逢えないのだろう?)」  
 と口ずさまれると、若い女房たちは感心して聞いていた。  
 (姫)君は、尼君を恋い慕って泣き伏していらっしゃったが、遊び相手の女童たちが、
「直衣を着た人がいらっしゃったわよ。(父)宮でしょう」  
 と言うので、(姫君は)起きてこられて、
「少納言、直衣を着た人は、どこなの? お父様なの?」  
 と近寄ってくる声が、とても可愛らしい。
「お父様ではないが、他人行儀にしなくてもいいんだよ。ここへ」  
 と(源氏の君が)言われると、〈あっ あの立派なお方だ〉と幼心にもさすがに(声を)聞き分けて、〈悪いこと言ってしまった〉と思われて、乳母にすがりよって、
「ねえ行こうよ、眠いの」  
 と言われるので、(源氏の君は)
「いまさら、どうしてそんなに隠れようとするの? この膝の上におやすみなさい。もう少しこっちに寄って」  
 と言われると、乳母が、
「だから言いましたでしょ。こんなふうにまだほんの子供で」  
 と言って(源氏の君のほうへ)押しやったところ、(姫君は)されるままなので、(源氏の君は)(御簾の間から)手を伸ばして探ってみると、着なれた柔らかな着物に、髪が艶やかにかかって、その髪の端のほうまでふさふさとしている感触は、さぞ美しいだろうと思われる。手を取られると、(姫君は)気味悪く、よその人がこんなに近くに寄ってきたのが恐ろしくて、
「寝ようといってるのに」  
 と言って無理に(御簾の)中へ入ろうとすると(源氏の君は)一緒にすべりこむように入って、
「(尼君がいない)今は、わたしが可愛がってあげる。嫌がらないで」
 と言われる。乳母は、
「まあ、困ってしまいます。とんでもないことを。いくら言い聞かせておあげになっても、何の甲斐もありませんのに」
 と言って、困っている様子なので、(源氏の君は)
「そんな、こんな幼い子に何もしないよ。ただ、ふつうとは違ったわたしの真心を見届けてほしいだけだ」
 と言われる。  
 あられが荒々しく降って、ぞっとするような夜である。(源氏の君は)
「どうして、こんな少人数で心細く、過ごしていらっしゃるのだろう」  
 と泣かれて、見捨ててはおけないので、
「格子を下ろしなさい。何となく恐そうな夜だから、わたしが宿直人(宿直の番人)になってあげよう。みなさんも近くへいらっしゃい」  
 と言われて、とても馴れた感じで御帳の中に入られるので、(女房たちは)まったくおかしな予想外のことだとあきれて、みながそばに控えている。乳母(少納言)も、不安で気が気でないが、事を荒立てて騒ぎ立てるわけにもいかないので、ため息をつきながら控えている。
 姫君は、とても恐ろしく、〈どうなるのだろう?〉と体が震えて、とても美しい肌も、鳥肌が立って恐がっていらっしゃるのを、(源氏の君は)可愛く思われて、単衣(肌着)だけを包むように着せて、じぶんながら、一方ではいけないことだと思われるが、やさしく話しかけられて、
「いらっしゃいよ。おもしろい絵がたくさんあって、お人形遊びができる(二条院に)」  
 と、(姫君の)気に入りそうなことを言われる様子がとてもやさしそうなので、(姫君は)子供心にも、それほど恐がらないが、(それでも)さすがに気味悪く 安心して眠れないので、もじもじして横になっていらっしゃる。  
 その夜一晩中風が吹き荒れるので、
「ほんとうにこうして(源氏の君が)いらっしゃらなかったら、どんなに心細かったでしょう。同じことなら(姫君が)お似合いの年頃でしたら」  
 と(女房たちは)囁きあっている。乳母(少納言)は、気が気でなく、(御帳の)すぐそばに控えている。風が少し吹きやんだ時に、まだ夜明け前の暗いうちに出ていかれるのも(あたかも)事(契り)があったように見える。
「ほんとうに幼い様子を拝見したので、これからはなおさら片時の間も心配でならないでしょう。(わたしが)ふだん独りで暮らしている所(二条院)へお連れしましょう。このままではどうかと思われます。(今までよくも)物怖じされなかったものだ」  
 と言われると、(乳母の少納言が)
「父宮も(姫君を)迎えにいくとおっしゃっていますけど、尼君の四十九日が過ぎてからと思っています」  
 と言うので、(源氏の君は)
「(父宮だから)頼りになるかもしれないが、別々に暮らしていらっしゃったのだから、(姫君としては)わたしと同様 親しみが薄いのではないでしょうか。(わたしは)今夜はじめてお逢いしたが、この深い気持ちは父宮以上ですよ」
 と言われて、(姫君の髪を)何度もなでて振り返りがちに出立された。

 (19)霧が深く立ちこめている空もいつもと違った風情で、霜も真っ白に降りて、ほんとうの恋なら趣があるのに、(源氏の君は)満たされない。この道がごく内密に通われる所の途中だったのを思い出されて、(供に)門を叩かせたけど、聞きつける人もいない。仕方なく、供で声のよい者に歌わせられた。

あさぼらけ 霧立つそらの まよひにも 行き過ぎがたき 妹が門かな
(明け方の空に 霧が立ちこめて 心も迷うが 素通りしがたい あなたの家の門)

 と二度ばかり歌うと、気のきいた下仕えが出てきて、

立ちとまり 霧のまがきの 過ぎうくは 草のとざしに さはりしもせじ
(立ち止まって 霧の立ちこめた垣根を 素通りできないのなら 草の戸など じゃまにはなりません)  

 と詠んで(中へ)入ってしまった。それきり誰も出てこないので、このまま帰るのも情けないが、空も明けてきて都合が悪いので、邸(二条院)に帰られた。  
 可愛かった姫君の忘れられない面影が恋しくて、独り笑いをしながらおやすみになる。日が高くなってから起きて、手紙を送られるが、書く言葉も通常(後朝の手紙)とは違うので、何度も筆を置いて考えこんでいらっしゃる。おもしろい絵なども送ってあげられた。

 (20)(姫君の)邸では、(源氏の君が帰られた)ちょうどその日に父宮がやって来られた。ここ数年すっかり荒れてしまい、広くて古めかしい邸が、ますます人が少なくなって寂しいのを、(父宮は)見渡されて、
「こんな所に、どうしてわずかの間でも幼い人が過ごせるだろう。やはりわたしの所に連れていこう。なんの気がねもいらない。乳母には、部屋をあてて仕えさせればいい。(姫)君は、子供たち(姫君の異母姉妹)もいるのだから、一緒に遊べば、とても楽しくやっていけるだろう」  
 などと言われる。  
 (兵部卿の宮は姫君を)近くに呼び寄せられると、(源氏の君の)移り香が(姫君の着物に)たいそう艶やかに染みついているので、
「いい匂いだね。(でも)着物はすっかりくたびれてしまって」  
 と可哀そうに思われる。
「何年も、病気がちの老人と一緒だったので、わたしの所に来てみんなと仲良くしなさいと言っていたが、(尼君のほうでは)どういうわけか嫌がられて、北の方も気がねしていたようなので、尼君が亡くなったからといって連れていくのも可哀そうだ」  
 などと言われると、(少納言は)
「いえ。心細くても、しばらくはこのままで。もう少し分別がおつきになってから移られたほうが、よろしいのでは?」  
 と言う。 
「夜昼(尼君を)恋しがられて、ちょっとしたものもお召し上がりになりません」  
 と(少納言が)言うように、(姫君は)実際ひどく面やつれしていらっしゃるが、それがかえって いっそう上品で美しく見える。(父宮は)
「どうして、そんなに思いつめているのです。亡くなってしまった人のことを思ってもどうしようもない。わたしがいるのだから」  
 などと話してきかされて、日が暮れてお帰りになるのを、(姫君が)ひどく心細くなって泣かれるので、(父)宮ももらい泣きされて、
「そんなにもう思いつめないで。今日 明日にも連れて行くから」  
 などと、何度も機嫌をとられて出て行かれた。(姫君は)別れの後の寂しさを紛らわしようがなく泣いていらっしゃる。  
 (姫君は)これから先のじぶんの身の上のことまでは考えることができなくて、ただ何年も(尼君が)いつもそばにおいて守ってくださったのに、今はもう亡くなってしまわれたと思うと悲しくてたまらず、幼心にも、胸がふさがって、いつものように遊ぶこともしないで、昼間はそれでも気を紛らわしていらっしゃるが、夕暮れになると、ひどくふさぎこんでしまわれるので、
「この様子ではこれから先どうやってお暮らしになるのでしょう」  
 と(姫君を)慰めかねて、乳母たちも一緒に泣いている。

 (21)(源氏の)君のほうからは、惟光を(使者として)お遣わしになった。(惟光は源氏の君の言葉を代弁して)
「(わたしが)伺わなければなりませんのに、宮中からお呼びがありまして。(姫君の)お気の毒な様子を拝見したものですから気が気でなく」  
 と言って、宿直人(惟光)をさし向けられた。
「情けないではありませんか。戯れにしても、縁組の最初からこんなことでは〔注:普通の結婚なら三夜通うのが作法]。(このことを)父宮がお聞きになったら、そばに仕えているわたしたちの愚かさを責められるでしょう。(姫君が)決して、なにかのついでに、うっかり(源氏の君のことを)口にされませんように〕  
 などと(女房が)言っても、(姫君が)それをなんとも思われないのも困ったことである。少納言は、惟光にいろいろ悲しい話をして、
「月日がたちましたら、(源氏の君と)ご結婚なさる宿縁を逃れられないかもしれません。ただ 今のところは、どう考えてもとても不似合いなことだと思っていますのに、(源氏の君が)不思議なほど熱心に想いをかけてくださるのも どういうお気持ちからなのか、見当もつかず思い悩んでいます。今日も(父)宮がおみえになって、
『(姫君が)心配のないようお仕えしていろ。軽率な扱い(手引き)はするな』  
 とおっしゃいましたが、(わたしとしても)とても気がかりで、なんとも言われなかった時よりも、あのことが(源氏の君の御帳への侵入)好色めいたこととして思い出されます」  
 などと言って、この人(惟光)も事(契り)があったのではないかと、(そう思われるのも)つまらないので、ひどく困っているようには話さない。惟光も、〈いったいどういうことなのだろう?〉と納得がいかない。  
 (惟光が)帰って様子を伝えると、(源氏の君は)気になってならないが、だからといって通っていくのも さすがに度を過ぎた感じがして、〈軽率な常軌を逸した行動だと世間の噂にもなるだろう〉と、気が引けるので、〈いっそ(二条院に)迎えてしまおう〉と思われる。  
 手紙は何度も送られる。(日が)暮れると、例によって、惟光をお遣わしになる。
「差し障りがあって、お伺いしないのを、いい加減だと(思われますか)」
 などと書いてある。(少納言は)
「(父)宮から、急に明日迎えに来ると言われましたので、気ぜわしくしています。長年住みなれた この蓬生の宿(草深い荒れた家)を離れてしまうのも、さすがに心細くて、仕えてきた女房たちも取り乱していまして」  
 と言葉少なに言って、ろくに相手にもしてくれず、(移転のための)縫い物に追われている様子なので(惟光は)もどってきた。

 (22)(源氏の)君は左大臣邸にいらっしゃったが、例によって、女君は、すぐに逢おうとされない。(源氏の君は)不愉快に思われて、東琴(あずまごと 六弦)をかき鳴らして、
「常陸には田をこそつくれ」  
 という歌を、とても艶のある声で、口ずさんでいらっしゃる。(そこへ惟光が)来たので、呼び寄せて(姫君の)様子を尋ねられる。
「これこれしかじか(兵部卿の宮が明日姫君を引きとられます)」  
 と言うので、(源氏の君は)口惜しく思われ、 〈(父)宮のところに行ったら、わざわざ連れ出すのも好色なことだし、幼い子を盗み出したと非難されるだろう。(姫君が)行ってしまう前に、しばらく女房たちに口止めして、(二条院に)連れていこう〉と思われ、
「明け方、あちらに行こう。車(の支度)は今のままでいい、随身一人二人にそう言っておいてくれ」  
 と言われる。(惟光は)承知して(準備のために)立っていった。(源氏の)君は、 〈どうしよう、世間に知れたら、好色めいたことだと思われるだろう、(せめてあの子が)恋がわかる年齢で、合意のことだと、思えるなら(それは)世間によくあることだ、もし父宮に探しだされたら、みっともなく格好がつかないな〉と悩まれるけど、(かといって)この機会を逃したら悔やんでも悔やみきれないので、まだ夜の明けない暗いうちに出かけられる。  
 女君は、例によって、しぶしぶと打ちとけない様子である。(源氏の君は)
「二条院で どうしてもしなければならないことがあったのを、思いだしました。すぐにもどってきます」  
 と言って出かけられるので、仕えている女房たちも気づかなかった。じぶんの部屋で、直衣などに着替えられる。惟光だけを馬に乗せて出かけられた。  
 (邸に着いて源氏の君が)門をお叩かせになると、事情を知らない者が開けたので、車をそっと(邸内に)引き入れさせて、惟光が妻戸を叩いて咳払いをすると、少納言が聞きつけて出てきた。(惟光が)
「ここに、(源氏の君が)いらっしゃいます」  
 と言うと、(少納言は)
「姫君はおやすみです。どうして、こんな夜更けに来られたのです」  
 と、(よその女の所からの)朝帰りのついでだと思って言う。(源氏の君が)
「(父)宮のところへ移られるそうですが、その前にお話しておきたいことがあって」  
 と言われると、(少納言は)
「どういうことでしょう? きっとはきはきしたお返事をされることでしょう」
 と(皮肉を)言って、笑っている。  
 (源氏の)君がお入りになると、(少納言は)とても困って、
「なりふりかまわず、(寝ている)みっともない老女房がいますのに」  
 と言う。(源氏の君は)
「まだお目覚めではないな。なら起こしてあげよう。こんな(美しい)朝霧を知らないで眠ってるなんて」  
 と言って入って行かれるので、「あれっ!」とも言えない。  
 (源氏の)君は、なにも知らないで寝ていらっしゃるのを、抱いて起こされると、(姫君は)目を覚まして、(父)宮が迎えに来られたのだと寝ぼけていらっしゃる。(源氏の君は姫君の)髪をなでたりされて、
「さあいらっしゃい。(父)宮のお使いで来たのだよ」  
 と言われると、(姫君は父宮では)なかったのかとびっくりして、恐がっていらっしゃるので、
「いやだな。わたしだって同じだよ」  
 と言って、抱いて出られると、惟光や、少納言などは、
「どうされます?」  
 と言う。(源氏の君は)
「ここには、しょっちゅう来ることができないので気がかりだから、気を使わない所(二条院)へと言っておいたのに、情けないことに(父宮の所に)移られるそうで、(そうなったら)ますます話もできなくなるからだ。誰か一人(姫君の)お供を」  
 と言われるので、(少納言は)うろたえて、
「今日はいくらなんでもよくありません。(父)宮がいらっしゃったら、どのようにお話したらいいのでしょう。(姫君が) 成長されて、時がたってからのことでしたら、どうなさってもかまいませんが、 (今は)どうしたらいいのかわかりませんので、仕えている私たちも困ってしまいます」  
 と言うと、(源氏の君は)
「(なら)いい、女房は後から来ればいい」  
 と言われて車を呼び寄せられるので、(女房たちは)驚きあきれて、〈どうされるのだろう?〉と思いあっている。姫君も、わけがわからなく泣いていらっしゃる。少納言は、もう止めることもできないので、昨夜縫った(姫君の)着物をかかえて、じぶんもそれなりの着物に着替えて車に乗った。

 (23)二条院は近いので、まだ明るくならないうちに着かれて、西の対に車を寄せて降りられる。(源氏の君は)姫君を、いとも軽々と抱かれて下ろされる。少納言が、
「やはり まるで夢を見ているような気がしますが、どうしたらいいのでしょう」  
 とためらっているので、(源氏の君は) 「それはそっちの勝手だよ。本人はもうここに連れてきたのだから、帰るというなら送ってあげるよ」  
 と言われるので、(少納言は)苦笑して下りた。急なことで、驚きあきれて、胸の高鳴りもおさまらない。〈(父)宮はどう思われるだろう、(姫君は)どうなってしまわれるだろう。いずれにしても、頼りになさる人たち(母・祖母)に先立たれたのが不運〉、と思うと、涙がとまらないのを、さすがに縁起でもないので、じっとこらえている。  
 西の対はだれも住んでいないので、御帳などもない。惟光を呼ばれて、御帳や、屏風などを、あちこちに設置される。几帳の帷子を引き下ろし、御座所などもちょっと整えるだけなので、東の対から夜具を持って来させておやすみになった。  
 姫君は、大変気味悪く、〈どうされるのかしら?〉と震えていらっしゃったが、さすがに声をたてて泣くこともできず、
「少納言のところで寝たい」  
 と言われる声がとてもあどけない。(源氏の君は)
「もう、そんなふう(乳母と一緒)におやすみになったらいけないよ」  
 と教えられると、(姫君は)とても悲しくて泣きながら横になっていらっしゃる。  
 少納言は横になることもできず、あっけにとられて起きていた。  
 夜が明けていくのを見渡すと、御殿の造りや、部屋の飾りつけはいうまでもなく、庭の白砂も玉を敷きつめたように見えて、輝いてるような感じがするので、(少納言は)気おくれするが、西の対には女房などもいない。あまり親しくないお客などが来たときに使う所だったので、番人の男たちだけが御簾の外に控えている。だれかを迎えられたようだ、と聞いた人は、
「誰だろう? ふつうの方とは違うだろう」  
 と囁きあっている。  
 手水(ちょうず 朝の洗面)や、お粥(朝食)などはこちらでされる。日が高くなってから(源氏の君は)起きていらっしゃって、
「女房がいなくては不便だろうから、それなりの人を、夕方になってから迎えたらいい」  
 と言われて、(東の)対に女童たちを呼びにやられた。
「小さい女の子だけを、呼びなさい」  
 とのことだったので、とても可愛らしいなりをして四人がやって来た。(姫)君が着物にくるまって横になっていらっしゃるのを、無理に起こして、(源氏の君は)
「(いつまでも悲しんで)わたしを困らせないで。いい加減な人が、こんなことをする? 女は心が素直なのがいちばんだよ」  
 などと今から教え込んでいらっしゃる。(姫君の)容貌は、遠くから見ていたよりも、(近くで見たほうが)はるかにきれいで、(源氏の君は)やさしく話しかけられ、面白い絵や、おもちゃなどを(東の対から)取り寄せて見せられ、(姫君の)気に入りそうなことをされる。(姫君も)ようやく起きてご覧になるが、鈍色(にびいろ 薄墨色)の喪服の萎えたのを着て、無邪気に笑ったりして座っていらっしゃるのがとても可愛らしいので、源氏の君もつい微笑んでご覧になっていらっしゃる。  
 (源氏の君が)東の対に出かけられたので、(姫君は)部屋の外に出て、庭の木立や、池のほうを覗かれると、霜枯れの前栽が絵に描いたように美しく、見たこともない四位(黒)や五位(緋色)たちの(着衣の色が)交錯して、ひっきりなしに出入りしているので、〈ほんとうに素敵な所ね〉と思われる。屏風などの、とても素晴らしい絵を見ながら、(じぶんを)慰めていらっしゃるのもあどけないことである。

 (24)(源氏の)君は二・三日宮中にも参上されないで、この姫君をなつかせようと話し相手になってあげられる。そのまま手本にと思っていらっしゃるのか、手習や、絵などをいろいろ書いてみせてあげられる。とても見事にたくさん書かれる。(知らねども)武蔵野といへば かこたれぬ(よしやさこそは 紫のゆゑ)[古今六帖]]と紫の紙に書かれた、墨のつきぐあいが格別なのを(姫君は)手にとってご覧になっている。少し小さな紙に、

ねは見ねど あはれとぞ思ふ 武蔵野の 露わけわぶる 草のゆかりを
(まだ契ってはいないけど 可愛くてたまらない なかなか逢えない 武蔵野の紫草[藤壺]のゆかりのあなたが)  

 と書かれる。(源氏の君は)
「さあ あなたも書いて」  
 と言われると、(姫君は)
「まだ上手に書けないの」  
 と言って、見上げられたのが無邪気で可愛いので、(源氏の君は)微笑んで、
「上手に書けなくても、なんにも書かないのはよくないよ。教えてあげるから」  
 と言われると、(姫君は)横を向いて書かれ その手つきや、筆を持つ様子があどけないのが、ただもう可愛くてたまらないので、(源氏の君は)じぶんながら変に思われる。(姫君が)
「書きそこねた」  
 と恥ずかしがって隠されるのを、(源氏の君は)無理にご覧になると、

かこつべき ゆゑを知らねば おぼつかな いかなる草の ゆかりなるらん
(「かこたれぬ」と言われる わけがわからないので 気になってしまう わたしはどんな草の ゆかりなの?)  

 と、とても幼いが、これからの上達が思いやられるような ふっくらとした(字で)書いていらっしゃる。亡くなった尼君の筆跡に似ている。〈今風の手本で習ったら、もっと上手になるだろう〉と(源氏の君は)ご覧になる。人形遊びも、わざわざ家などもたくさん作られて、一緒に遊ばれるのも、(源氏の君にとっては)(藤壺への)思いを忘れさせる この上ない気晴らしである。

 (25)亡くなった尼君の邸に残った女房たちは、(兵部卿の)宮がやって来られて(姫君のことを)尋ねられたのだが、返事のしようがなくて困りきっていた。
「しばらく誰にも知らせるな」  
 と源氏の君もおっしゃり、少納言も思うことなので、絶対に口外しないようにと言っておいた。ただ、
「行方も知らせないで、少納言がお連れして隠したのです」  
 とだけ話したので、(父)宮もどうしようもなく、〈亡くなられた尼君も本邸に移られることを、とても嫌がっていたので、乳母(少納言)が出過ぎた心づかいのあまり、引き渡すのは困るとも、素直に言わないで、じぶんの一存で連れ出して行方をくらましてしまったのだろう〉、と泣く泣く帰られた。
「もし行方がわかったら知らせてくれ」  
 と言われるのも(女房たちには)面倒なことで・・・。  
 (兵部卿の宮は)(北山の)僧都のところにも(姫君の行方を)尋ねられたが、手がかりがなく、(姫君の)惜しいほどの容貌を恋しく悲しく思い出される。
 (宮の)北の方も、(姫君の)母親を憎いと思っていた気持ちも失せて、(姫君を)じぶんの思いのままに育てようと思っていた矢先 あてがはずれたのは残念だと思っていらっしゃる。

  (26)(西の対には)しだいに女房たちが集まってきた。遊び相手の女童や、稚児たちは、とても珍しい現代的なお二人の様子なので、なんの気がねもなく遊んでいる。
 (姫)君は、源氏の君が不在だったりして寂しい夕暮れの時だけは、尼君を恋しがって、泣いたりされるけど、(父)宮のことはとくに思い出されない。もともと一緒でないのに慣れていらっしゃったので、今ではすっかり後の親になついて まつわりついていらっしゃる。(源氏の君が)他所からお帰りになると、真っ先に出迎えて、可愛らしく話され、(源氏の君の)懐に入って、少しも遠慮したり恥ずかしがったりもされない。こういう遊び相手としては、この上なく可愛らしかった。
 妙に知恵(嫉妬心)がついて、なにかと面倒な関係になると、じぶんの気持ちもしっくりこない面も出てくるのではないかと気を使い、(そうなると)相手のほうも嫉妬がちになり、思いもしないこと(離婚等)がしぜんと起きるものだが、(この姫君は)ほんとうに可愛らしい遊び相手である。(実の)娘でも、もう、これくらいの年頃になると、(父親に)うちとけたり、心おきなく一緒に寝起きなどは、とてもできないはずなのに、この娘はとても風変わりな秘蔵娘だな、と(源氏の君は)思っていらっしゃるようである。
04 夕顔に戻る 06 末摘花へ
N・A・C広島 所属俳優&タレント 俳優オフィシャルサイト TVタレント・俳優・声優募集! 演劇の世界 「源氏物語」ウェブ書き下ろし劇場 クリエイト

N・A・C広島のホームページ゙の画像、音声、データ等の無断転載禁止。このサイトに関するご意見・ご感想はactor@nac-hiroshima.jpまで。 actor@nac-hiroshima.jp

N・A・C本社へ
株式会社エヌ・エー・シーは、東京本社を中心に全国主要5都市をネットワークする45年の実績がある芸能プロダクションです。