|
藤裏葉(ふじのうらば)
(1)(明石の姫君入内の)準備のさなかにも、宰相中将は物思いに沈みがちで、ぼおっとした感じだが、一方では、
〈不思議だな、じぶんながら執念深い、こんなに(雲居雁のことが)恋しいなら(こっちからお願いすればいいが)、内大臣も(二人の仲を)許してもいいほど弱きになっていらっしゃるそうだから、同じことならそんなみっともないことはしないで内大臣が譲歩するまで待とう〉
と耐え忍ぶのも苦しく 思い乱れていらっしゃる。女君(雲居雁)も、内大臣がそれとなくおっしゃった(中将の)縁談のことを、
〈もしそれが本当なら、わたしなんかすっかり忘れてしまわれるだろう〉
と悲しくてならない、(このように二人は)妙に背を向けてはいても、相思相愛の仲である。内大臣も、あれほど強気でいらっしゃったが、事態が好転しないのに思いあまって、
〈もし中務宮のほうで中将を婿にと決めてしまわれたら、また(姫君の)婿選びに苦労することになるが、(そうなったら婿に選ばれた)相手も辛いだろうし、こっちも世間の物笑いになって、自然と(家門の)格を落とすことになるかもしれない。隠したつもりでも、(大宮邸での)二人の過失も、世間に漏れているだろうから、なんとかうまく(世間体を)取りつくろって、やはり(こっちが)譲歩するしかない〉、
と思われる。
(2)表面は何気ないが、恨みが消えない(内大臣と宰相中将の)関係なので、
〈突然に言い出すのもどんなものか〉
と(内大臣は)躊躇されて、
〈改まった形で申し込んだりしたら、世間からばかにされるだろう、どんな機会にそれとなく話したらいいのか〉、
などと思っているうちに、三月二十日が内大臣の母である大宮の命日なので、極楽寺(ごくらくじ)にお参りに行かれた。子息たちをみな連れて、威勢も申し分なく、上達部なども大勢集まってきているが、宰相中将は、(誰にも)少しも劣らず堂々としていて、容貌なども、今が盛りに美しく成人されて、どこから見ても素晴らしい様子である。この内大臣を
〈薄情だ!〉
と思われてから、お会いするのも気を使うので、(今日も)十分に気を配って、落ち着いていらっしゃるのを、内大臣もいつもより注意してご覧になっている。御誦経(みずきょう)のお布施などは、源氏の君からもされる。まして、宰相の君は、すべてを引き受けて、心をこめて奉仕していらっしゃる。
夕方になって、みなが帰られる頃、(桜の)花はすっかり散り乱れて、霞が立ちこめて あたりがかすんでいる中で、内大臣は、昔を思い出されて、優雅に詩歌を口ずさんで あたりを眺めていらっしゃる。宰相もしみじみとした夕暮れの景色に、いっそうしんみりとして、
「雨になりそうだ」
と人々が騒いでいるのに、なおも物思いに沈んでいらっしゃる。(こんな宰相を)(内大臣は)娘のことを思っているのかと)どきどきしてご覧になっていたのか、(この時とばかりに)(宰相の)袖を引き寄せて、
「どうして、そんなにわたしを責めるのかな。今日の法事の(大宮の子と孫という)関係を考えるなら、わたしの罪を許してほしい。(余命も)残り少なくなっていく晩年に、(わたしを)見捨てられるなんて、情けないな」
とおっしゃると、(宰相は)恐縮して、
「亡くなった大宮からも、内大臣を頼りにするようにと聞いてはいたのですが、お許しいただけない様子なので遠慮して」
と言われる。
慌しい雨風になったので、皆散り散りに先を争って帰られた。(宰相の)君は、
〈どういうつもりで いつもとは違ってあんなに親しい態度をされたのだろう〉
などと、いつも気になっていた内大臣家のことなので、ちょっとした言葉だが耳に残って、あれこれ考えながら夜を明かされる。
(3)(宰相の君が)長年思い続けたかいがあったのか、あの内大臣も、すっかり気弱になられ、
〈ちょっとした機会に、改まった感じではなく、それでいてふさわしい時に(話そう)〉
と思っていらっしゃると、四月のはじめ、庭先の藤の花が、とても美しく咲き乱れて、ありふれた色香ではなく、このままただ見ているだけでは惜しい花盛りなので、管弦の遊びなどをされて、日が暮れていくにつれ花の色がいっそう美しく見える頃、頭中将を使者として(宰相に)手紙を届けられる。
「先日 花の陰でお会いしただけでは物足りないので、暇でしたらお越しくださいませんか」
とある。手紙には、
わが宿の 藤の色こき たそかれに 尋ねやはこぬ 春のなごりを
(わが家の藤の花がいっそう美しい黄昏時に来てみませんか 春の名残りを味わいに)
歌のとおり とても見事な藤の枝に結びつけてある。(宰相は内大臣からの連絡を)心待ちにしていらっしゃったので、胸がときめいて、お礼をおっしゃる。
なかなかに 折りやまどはむ 藤の花 たそがれどきの たどたどしくは
(かえって藤の花を折るのは戸惑うのではないでしょうか 黄昏時のはっきりしない時では〔ほんとうに伺ってもいいのでしょうかという戸惑いの気持ち〕)
と書かれて、
「情けないほど気おくれしてしまって。(あなたから)いいように言ってください」
と(頭中将に)おっしゃる。(頭中将が)
「わたしと一緒に行きましょう」
と言われると、
「気を使う随身(ずいじん 近衛府の警護の武官)は必要ないよ」
と(冗談を)おっしゃって(頭中将を)帰される。
(宰相は)源氏の君に、
「こんなお誘いが」
と言って(内大臣の手紙を)お見せする。(源氏の君は)
「考えがあって招かれたのだろう。(内大臣から)このように折れてこられるなら、昔の(大宮を非難し悩ませた)親不孝に対する(わたしの)恨みも解けるというものだ」
とおっしゃる、その勝ち誇った様子は、憎らしいほどである。(宰相は)
「そういうことではないでしょう。対屋(たいのや)の庭先の藤の花が、例年より見事に咲いているそうで、公務も暇な時ですから、管弦の遊びなどをされるのでしょう」
とおっしゃる。(源氏の君は)
「わざわざ使いを寄越されたのだから、早く行きなさい」
と(招待に応ずることを)許される。(宰相は)
〈どういうことだろう?〉
と内心は心配でならない。(源氏の君は)
「その直衣では赤みが強すぎて身分が軽く見られるな。非参議とか、なんでもない若い人なら、二藍(ふたあい 藍と紅で染めたやや赤みのある青色)もいいが、(宰相なんだから)もっと身だしなみをよくしたらどうだ」
とおっしゃって、じぶん用の特に立派な直衣に、極上の下着を何枚もそろえて、宰相のお供に持たせてやられる。
(4)(宰相は)じぶんの部屋で、とても念入りに化粧をして、黄昏時も過ぎてから、先方が気をもんでいる頃に出かけられた。主人側の子息たちは、頭中将をはじめとして七・八人がそろって出迎えて案内する。(子息たちは)どなたも美しい容貌だが、(宰相は)誰よりも勝っていて、すっきりとして美しいだけでなく、やさしい魅力と風格があってこちらが気おくれするほどである。内大臣が、(宰相の)席を整えさせるなど、その心づかいは一通りではない。冠などをつけて(宰相に会いに)行こうとされた時に、北の方や、若い女房などに、
「覗いてごらん。(宰相は)年とともに立派になってゆく。態度などもとても落ち着いていて堂々としている。群を抜いて大人びている点では、源氏の君より勝っているかもしれないな。源氏の君はただもう優雅で魅力にあふれ、見るとつい微笑みたくなる、世の辛さも忘れるような感じがする。公のことでは、少し柔らか過ぎて、謹厳さに欠けていたが、(あの人柄からすれば)当然だな。宰相は学問に優れ、性格も男らしく、しっかりしていて、すべてが備わっていると世間でも評判のようだ」
などとおっしゃってから(宰相に)会われる。生真面目な堅苦しい話は少しだけにして、花の宴に移られた。(内大臣は)
「春の花はどれも、咲き匂う色それぞれに、はっとするほどの美しさだが、それも束の間すぐに散ってしまうのが恨めしく思われる頃に、この藤の花だけは残って、夏まで咲き続けてくれるので、なぜか心惹かれ愛おしく思われます。(花の)色も、また紫で、懐かしい縁(ゆかり)があるようで」
と(含みのある言い方をされて)、笑みを浮かべていらっしゃるのは、風格があって、すっきりとした美しさがある。
月は昇ったが、花の色はまだはっきり見えない頃なのに、花見にかこつけて、お酒を飲み、管弦の遊びをされる。内大臣は、まもなく酔ったふりをされて、(宰相に)無理に酒をすすめて酔わそうとされるが、(宰相は)それに気づき酒を断るのにひどく困っている。(内大臣は)
「あなたはこの末法の世にはもったいないほどの識者でいらっしゃるのに、わたしのような年寄りを見捨てられるとは思いやりがない。昔の書物にも『家礼(けらい)[子が父を敬うように他人でも礼をつくす]』というのがあるでしょう。孔子の教えもよくご存じのはずなのに、
『ずいぶんわたしを苦しめられる』
と恨みも言いたくなります」
などとおっしゃって、酔い泣きというのか、上手に意中をほのめかされる。(宰相は)
「とんでもありません。亡くなった人たち(左大臣・大宮・葵の上)の代わりの方と思い、身を捨ててもお仕えしようと心に決めていますのに、どうしてそんなふうに思われるのでしょう。これもわたしが至らないせいで」
と恐縮しておっしゃる。(内大臣は)頃合いを見計らって賑やかにはやしたてて、
「(春日さす)藤の裏葉の(うらとけて 君し思はば 我も頼まむ)[後撰集](あなたが心を開いてくれるなら わたしもあなたを頼りにしよう)」
と口ずさまれる、その歌の意味を理解して、頭中将が、花の色が濃い特に房の長い藤の枝を折って、客人(の宰相)の盃に添える。(宰相が藤を)受け取ってどうしたらいいのか困っていると、内大臣が、
紫に かごとはかけむ 藤の花 まつよりすぎて うれたけれども
(藤の花の紫[雲居雁]に恨み言は言うことにしよう ずいぶん待たせたあなたが憎らしいけれど)
宰相が盃を持ったまま、ほんの形ばかりの拝舞(お礼の動作)される姿はとても風情がある。(宰相は)
いくかへり 露けき春を すぐしきて 花のひもとく をりにあふらん
(何度も涙を流した春を過ごしてきて やっと花開く時に巡りあえたのでしょう)
(宰相が)頭中将に(盃を)まわされると、(頭中将は)
たをやめの 袖にまがへる 藤の花 見る人からや 色もまさらむ
(か弱い女性の袖に似た藤の花は 見る人によって一層美しさが増すでしょう)
次々と盃がまわって歌が詠まれたようだが、酔っているせいでたいしたことなく、これ以上の歌はない。
(四月)七日の夕月の、光はかすかなのに、池の水は鏡のようにのどかに澄み渡っている。なるほど、まだどの梢も葉が見えはじめた物足りない頃なのに、とても見事な枝ぶりで横に広がっている松の、それほど木高くない枝に、かかっている藤の花の様子は、普通とは違う風趣がある。例によって弁少将が、心惹かれる美声で『葦垣(あしがき)』を謡う。(注:葦垣は、男が女を連れ出そうとすると弟嫁が親に告げ口をするが、弟嫁は神に誓って告げ口はしていないと言い訳する歌)内大臣は、
「ずいぶん変な歌を謡ってるな」
とからかわれて、(『葦垣』の「とどろける この家の」の箇所を)
「年経にけるこの家の」
と(言葉を)変えて(弁少将に)合わせて謡われる、声はとても晴れ晴れとしている。おもしろいほど羽目をはずした遊びなので、(お互いに)わだかまりもすっかり消えたようである。
しだいに夜も更けてゆく頃に、(宰相は)ひどく酔ったふりをして、
「気分が悪くて我慢できないので、帰るにしても途中が危なっかしいと思う。泊まる部屋を貸してくれないか」
と(頭)中将に頼まれる。内大臣は、
「朝臣(あそん 頭中将のこと)、寝る場所を用意しなさい。年寄りはひどく酔っ払って失礼だから、退出させてもらう」
と言い捨てて奥へ入られた。
(5)(頭)中将が、
「花の陰の旅寝か(ひと晩だけの泊まりか)。どうしよう。辛い案内役だな」
と(冗談を)言うと、(宰相は)
「松にふりかかっている藤の花が浮気な花なものか。(旅寝だなんて)縁起でもない」
と責められる。(頭)中将は心の中で、
〈しゃくだな〉
と思うこともあるが、(宰相の)人柄が理想どおり立派なうえ、
〈こうなってほしい〉
と願っていたことなので、安心して(雲居雁の部屋に)案内した。
宰相は、
〈夢ではないか〉
と思われるが、(内大臣に認められた)じぶんを
〈たいしたものだな〉
と思われたにちがいない。雲居雁は、
〈とても恥ずかしい〉
と心の底から思っていらっしゃるが、年と共に美しくなられた容姿は、なんの不足もなく一層素晴らしい。(宰相は)
「(恋ひわびて 死ぬてふことは まだなきを)世の例にも なりぬべきかな〔後撰集〕ではないが 恋いこがれて死んで)世間の話題にもなりそうなわたしだったが、(あなたを)ずっと想い続けてきたからこそ(内大臣も)こうして許してくださったのです。(それなのに あなたが)わたしの気持ちをわかってくれないなんて、おかしいよ」
と恨み言をおっしゃる。
「(弁)少将が謡った『葦垣』の歌の意味は、わかった? ひどい人だね。『河口の』と、言い返してやりたかった(注:関守が見張っていたが、わたしは垣根を越えて男と関係したという女の歌)」
とおっしゃると、雲居雁は聞いていられなくなって、
あさき名を いひ流しける 河口は いかがもらしし 関のあらがき
(あの時浮名を世間に流したあなたは どういうつもりでわたしたちの仲を漏らされたのでしょう)
ひどいわ」
とおっしゃる様子が、とてもあどけない。(宰相は)少し笑って、
もりにける くだきの関を 河口の あさきにのみは おほせざらなん
(浮名が漏れたのはあなたの父君のせいなのに わたしのせいにはしないでください)
(あなたに逢えなかった)長い年月、どうしようもなく苦しんで、なんだかわからなくなって」
と、酔いにかこつけて苦しそうに振舞って、夜の明けるのも気づかないようである。女房たちが起こしかねているので、内大臣は、
「いい気になってまだ寝ている」
と非難される。それでも(宰相は)夜が明けきらないうちに出て行かれる。(宰相の)寝乱れた朝の顔は見るかいがあったことだろう。
後朝(きぬぎぬ)の手紙は、やはり(これまでと同様)目立たないように気を使って届けられたが、(女君が)かえって今日は返事が書けないでいるのを、口うるさい女房たちが(肩や膝などを)つつきあっているところへ、内大臣がやって来て(手紙を)ご覧になるのは困ったものである。(宰相の手紙は)
「打ち解けてくださらない(あなたの)態度に、ますます思い知らされる身のほどで、たまらない辛さにまた命が消えそうで、
とがむなよ 忍びにしぼる 手もたゆみ 今日あらはるる 袖のしづくを
(咎めないで これまで隠れてしぼっていた手もくたびれて 今日ははっきり見えてしまう 涙の袖のしずくが)
などと とても馴れた詠みっぷりである。(内大臣は)微笑んで、
「字がずいぶん上手にられたな」
などとおっしゃるように、昔のわだかまりはもはやない。(女君が)返事を書きにくそうにしていらっしゃるので、
「(すぐ書かないのは)みっともないよ」
とおっしゃって、(じぶんがいては)躊躇されるのも当然なので、出て行かれた。(宰相の)使者への褒美は、格別な品々を用意して与えられる。(頭)中将が、丁重に接待される。いつも手紙を隠してそっとやって来ていた使者も、今日は顔つきなども一人前に振舞っているようである。右近将監(うこんのぞう 右近衛府の三等官)をつとめる人で、(宰相が)気を許して使っていらっしゃる者である。
(6)源氏の君も、こういう(昨夜の)経緯を聞かれた。宰相が、いつもより輝きを増した感じでやって来たので、じっとご覧になって、
「今朝はどうだ。(後朝の)手紙などは出したのか。賢い人も、女のことでは乱れる例もあるが、見苦しく思いつめたり、じれたりしないで過ごしてきたおまえは、多少他人よりは優れていると思う。内大臣があんなに頑固だったのに、今になってすっかり折れてしまわれたのを、世間もとやかく噂するにちがいない。だからといって、じぶんが勝ったつもりになって、慢心し、浮気心をおこしてはいけない。(内大臣は)あのように率直で度量が大きいように見えるが、内心は男らしくなく一癖あって、つき合いにくいところがある人だ」
などと、例によって教え諭される。(源氏の君は宰相と雲居雁とを)釣り合いのとれた、似合いの夫婦だと思われる。(源氏の君は若々しくて)宰相の親のようではなく、少し年上の兄のように見える。(お二人が)別々にいると、同じ顔を写し取ったように見えるが、一緒にいると、お互いに特徴があり、
〈なんて素晴らしいのだろう〉
と感嘆してしまう。源氏の君は、薄い縹色(はなだいろ)の直衣に、白い袿の唐織の生地で、模様のはっきりした艶々と透けているのを着ていらっしゃって、相変わらずどこまでも気品があり優雅である。宰相は、(源氏の君より)少し色の濃い直衣に、丁字染(ちょうじぞめ)の焦茶に見えるほど濃い袿に、白い綾の柔らかいのを着ていらっしゃるのが、特別な感じがして艶やかに見える。
(今日は四月八日の)灌仏会(かんぶつえ 仏の誕生の行事)で誕生仏を(寺から)運んできて、導師(法要を主宰する僧)が遅れてやって来たので、日が暮れてから女君たちより女童を使いにして、お布施などを、宮中の儀式と変わらず、思い思いに届けられる。(帝の)御前での作法そのままに、君達なども参集して(行われるが)、なぜか格式ばった宮中の儀式よりも、妙に気を使って気後れしがちである。
宰相は、落ち着かず、ますます(念入りに)化粧をして、身なりを整えて(雲居雁のところへ)出かけられるのを、公然のつきあいではないが情けをかけている若い女房(召人) の中には、
〈恨めしい〉
と思う者もいる。長年の想いが積み重なった、理想的な夫婦仲のようだから、(例えて言えば)水が漏れるようなことはない。主(あるじ)の内大臣は、近くで見れば見るほど素晴らしい宰相を、可愛く思われて、とても大切にお世話される。(じぶんから)折れた悔しさはやはりあったが、(宰相が)誠実な性格で、長年他の女には見向きもしないで過ごしてこられたのを、なかなかできないことだと思われると、わだかまりも消えて、(二人の仲を)認められる。(弘徽殿)女御の様子よりも、(雲居雁のほうが)華やかで魅力があって理想的なので、(内大臣の)北の方や、お付きの女房たちは、不愉快に思って口にもするが、(だからといって)なんの支障があるだろう。按察使大納言(あぜちのだいなごん)の北の方(雲居雁の実母)なども、(娘が宰相と)結婚したことを嬉しく思っていらっしゃる。
(7)こうして六条院で準備している(明石の)姫君の入内は、(四月)二十日過ぎということになった。紫の上は、(賀茂の)御阿礼(みあれ 賀茂上社の祭神 賀茂別雷神降臨を迎える祭)を参詣されるというので、例によって(源氏の君が)ほかの女君たちを誘われるが、(紫の上の)後について行くのでは(お供のようで)おもしろくないと思われて、どなたも見合すことにされたので、それほど仰々しくはなく、車も二十両ほどで、前駆なども人数を多くしないで、簡素にされたのがかえって格別な雰囲気がある。
葵祭の日の明け方に参拝されて、その帰りには、勅使の行列を見物するために桟敷に行かれる。(六条院の)女君たちの女房も、それぞれ車を連ねて、紫の上の前に、場所を占めている光景は盛大で、
「あれが紫の上よ」
と遠くから見てもわかるほどの(源氏の君の)大変な威勢である。源氏の君は、(かつて)中宮の母である(六条)御息所の車が(葵の上の)車に押しやられた時のことを思い出されて、
「権勢を笠に着て傲慢になって、あんなことをしたのは思いやりがない。(御息所を)まったく無視した人(葵の上)も、その怨みを負うように亡くなってしまった」
と、詳しいことは言うのをやめて、
「後に残った子供で、(宰相)中将はこのように臣下として、少しずつ出世していくしかないようだ。(それに対し)中宮は並ぶ人もない地位についていらっしゃる、思えば(あの車争いの時と子供たちの時代では地位が逆転し)感慨深いものがある。あらゆることが先のわからない世の中だからこそ、生きている限りは、なんでもじぶんの好きなようにして過ごしたいものだが、(わたしのほかに頼る人がいないあなたの場合)わたしが亡くなった晩年、見る影もなく落ちぶれたりはしないかと心配なので(こんな話をしたのだ)」
と(紫の上に)話して聞かされ、上達部なども桟敷に集まってこられたので、その席に行かれた。
(8)(祭の勅使は)近衛府の、頭中将である。人々は内大臣邸に集まって、勅使を見送ってから(源氏の君の)桟敷にやって来られた。藤典侍(とうないしのすけ 惟光の娘)も(内侍所からの)勅使である。(この人は)世間の評判も格別で、帝や、東宮をはじめ、六条院(の源氏の君)からもお祝いの贈物が置き場もないほど届けられ、その人気は絶大である。宰相中将は、(典侍が)出発する時になって手紙を届けられる。(二人は)人目を忍んで情を交わす仲なので、(宰相が)こういう権門の婿になられたのを、(典侍は)平気ではいられない。
「なにとかや 今日のかざし よかつ見つつ おぼめくまでも なりにけるかな
(今日髪にさす草[葵=逢う日]の名前を忘れるほど あなたと逢えない日が続いてしまった)
(じぶんながら)あきれてしまう」
とあり、時機をはずさなかっただけ(の歌)だが、(典侍は)どう思われたのか、車に乗ろうとする時なのに、
かざしても かつたどらるる 草の名は かつらを折りし 人や知るらん
(髪にさしていながら思い出せない草の名は 桂を折られた[進士に及第された]方がご存じでしょう)
(あなたのような)学者でなければ(わからないわ)」
と返事をされる。ちょっとした歌だが、(宰相は)
〈憎らしい返歌だな〉
と思われる。やはり(宰相は)この典侍を、忘れることができず人目を避けて逢いに行かれるだろう。
(9)さて、姫君の入内には北の方が付き添うのが慣例だから(明石の姫君の場合)紫の上ということになるが、(源氏の君は)
〈(紫の上が)そういつでも長い間付き添っていることはできない、この機会に、明石の君を後見役として付き添わせようか〉
と思われる。紫の上も、
〈結局は(親子が)一緒に暮らすのがいいのに、このように離れていては、あの人(明石の君)も不愉快に思って嘆いていらっしゃるだろう。姫君の気持ちとしても、今はだんだん母君のことが気にかかって悲しんでいらっしゃるだろう、お二人から気まずく思われてもつまらない〉
と思われて、
「この機会に(母君を姫君に)付き添わせてあげてください。(姫君が)まだ幼くか弱い年頃なのも心配ですし、仕えている女房にしても、若い人ばかり多いのです。乳母たちも、目が届くといっても限度があるし、(かといって)わたしがいつもそばについてるわけにもいかないので、(母君なら)安心できます」
とおっしゃると、(源氏の君は)
〈よく気づいてくれた〉
と思われて、この旨を明石の君に話して聞かせられると、(明石の君は)とても嬉しく、(長年の)望みがかなった気がして、女房の装束やその他のことも、高貴な紫の上の支度にも劣らないように準備される。(明石の君の母の)尼君は、やはりこの姫君の将来を見届けたい気持ちが強く、
〈もう一度会える日が来るかもしれない〉
と、このことを生きがいに辛抱強く生き続けてきたが、
〈入内されたらもうお会いする機会もない〉
と思うと悲しい。入内の夜は、紫の上が付き添って参内されるが、(明石の君は)
〈(姫君の)輦車(ぐるま)にも(乗れず)、一歩下がって歩いてついて行くのでは世間体も悪いだろうが、わたしはどう思われてもいい、でも(そんなことをしたら)こんなに立派に育てられた姫君の疵になのでは〉
と(同行されず)、じぶんが生きているのさえ、一方ではひどく心苦しく思われる。
(10)姫君入内の儀式は、
〈人を驚かすようなことはしたくない〉
と(源氏の君は)遠慮していらっしゃるが、自然と世間並みではなくなってしまう。紫の上は(姫君を)この上なく大切にお世話されて、心から
〈愛しく可愛い〉
と思われると、誰にも渡したくなく、
〈ほんとうにじぶんの子だったらいいのに〉
と思われる。源氏の君も宰相の君も、(紫の上に)子供が生まれないことだけを、
〈残念だな〉
と思っていらっしゃる。三日間を過ごして、紫の上は(宮中を)退出される。
(紫の上と)入れ替わりに(明石の君が)参内される夜、はじめて二人は会われる。
「(姫君が)こんなに大人になられたことで、(お預かりして以来八年もの)長い年月だったことがわかりますから、もうあなたとは遠慮もないでしょう」
と親しそうにおっしゃって世間話などをされる。これがお二人が親しくなられた最初だろう。(明石の君が)話をする雰囲気などを、(紫の上は)
〈(源氏の君が大切にされるのも)もっともだ〉
と感心してご覧になる。(明石の君も)また(紫の上の)とても気高い女ざかりの容姿を、
〈素晴らしい〉
と見て、
〈大勢の女君たちの中でも(源氏の君の)特別な寵愛を受けて、並ぶ者もない地位におさまっていらっしゃるのも もっともなこと〉
と納得すると、
〈(紫の上と)こうして対等にお話できる わたしの(前世からの)宿縁も悪くない〉
と思うものの、(紫の上の)退出の儀式がとても厳かで美しく、輦車を(帝から)許されたりして、女御の待遇と変わらなかったのを、(じぶんのそれと)比べてみると、やはり(受領出身という)身の程を思い知らされる。
とても可愛らしい雛人形のような(姫君の)姿を、夢のような気持ちで拝見すると、(明石の君は)涙が止まらない、(これが悲しい時に流すのと)同じ涙なのかと思われるほど嬉しくてたまらない涙である。(注:作者は「うれしきも 憂きも心は 一つにて 分かれぬものは 涙なりけり[後撰集]」を否定的に引用している)
長い年月なにかにつけて嘆き悲しみ、
〈いろいろと情けない身の上〉
と悲観してきたのに
〈もっと長生きしたい〉
と思うほど、晴れやかな気分になり、
〈住吉の神のご加護はほんとうだったのだ〉
と思い知らされる。(明石の君は)(姫君を)申し分なくお世話して、行き届かないところなど、やはり、少しもない利発な方だし、(姫君も)世間の信望が厚い上に、並々ならぬ容姿なので、東宮も、まだ若いながら、特別に想いを寄せていらっしゃる。(姫君と)競い合っていらっしゃる方々の女房などは、明石の君がこうして(姫君に)付き添っていらっしゃるのを、(あたかも)疵(きず)のように言ったりするが、そんなことで(姫君の)声価が損なわれるものでもない。(姫君は)堂々としていて、並ぶ者がいないのは、言うまでもなく、上品で由緒ある品位が備わっているが、(明石の君は)(そんな姫君を)些細なことでも、理想的に引き立ててあげられるので、殿上人なども、(姫君の部屋を)またとない風流の才を競う場所と考えていて、仕える女房たちに対しても、(殿上人が)想いを寄せる女房のたしなみや物腰にまで、人それぞれに、とても気を使って取り仕切っていらっしゃる。
紫の上も(宮中の)行事や儀式の時には参内される。(紫の上と明石の君との)仲も申し分なく打ち解けてゆくが、かといって(明石の君は)(紫の上に)馴れ馴れしくすることもなく、また、軽蔑されるような態度も、絶対にしない、その物腰と気づかいは不思議なほどでまさに理想的な方である。
(11)源氏の君も、
〈わたしの(余命も)そう長くはないから せめて生きているうちに〉
と思われていた(姫君の)入内も、望みどおりに実現されたし、(また)本人のせいとはいえ、身が固まらず世間体の悪かった宰相の君も、なんの不安もないところへ落ち着かれたので、すっかり安心されて、
〈今こそ念願の出家をしよう〉
と思われる。(出家するとなると)紫の上のことが気になるが、
〈中宮という心強い味方がいらっしゃるから、大丈夫だ。(明石の)姫君にしても、表向きの親としては、(紫の上を)第一に大切にされるだろうから、心配はない〉
と(紫の上のことは中宮と姫君を)頼りにしていらっしゃる。
〈花散里も、なにかにつけて心細い思いをするだろうが、宰相がいるから〉
と、皆それぞれに後々の心配はないという気持ちになってゆかれる。
(12)(源氏の君は)来年四十歳になられるので、その祝賀の準備は、帝をはじめとして、世をあげての大がかりなものである。
今年の秋、(源氏の君は)太上天皇(だいじょうてんのう)に準ずる位を戴いて、御封(みふ)も増え(太政大臣の三千戸に太上天皇の二千戸が加わる)、年官(つかさ)や、年爵(こうぶり)などもみな増える。准太上天皇にならなくても、この世で思い通りにならないことはなかったが、やはりめったになかった昔の例(藤壺を准太上天皇にしたこと)にならって、院司(いんじ 院の事務を扱う役人)なども任命され、格段に威厳が加わったので、
〈これでは気軽に参内することも難しい〉
と一方では残念に思われる。(源氏の君に)こういう破格の待遇をされても、帝(冷泉帝)はまだ物足りなく思われて、世間に気がねして帝位を譲ることができないのを、朝夕嘆いていらっしゃる。
(13)内大臣は太政大臣に昇進され、宰相中将は、中納言になられた。(中納言は)お礼の挨拶に出かけられる。一段と輝きが増した姿や容貌をはじめとして、なにひとつ不足がないので、主(あるじ)の内大臣も、
〈他人に圧倒されかねない中途半端な宮仕えをさせるより(この君の妻になったほうがよかった)〉
と(以前の考えを)改められる。
雲居雁の乳母の大輔(たいふ)が、
「(結婚相手が)六位ふぜいでは」
とつぶやいていた夜のことを、なにかのたびに思い出していらっしゃったので、とても美しく(紫色に)色変わりした白菊を(大輔に)渡して、
あさみどり わか葉の菊を つゆにても こき紫の 色とかけきや
(浅緑の六位の袍〔ほう〕を着ていたわたしが、濃い紫の袍を着るとは夢にも思わなかっただろう)
辛い思いをさせられたあの時の一言は忘れられない」
と、とても美しく微笑んでおっしゃる。(乳母の大輔は)恥ずかしく気の毒なことをしたと思うものの、(そんな中納言を)可愛く思う。
二葉より 名だたる園の 菊なれば あさき色わく 露もなかりき
(幼い時から名門の若君ですから 浅緑といって差別する気持ちなどまったくありません)
どうしてそんなに気を悪くされたのでしょう」
と実に物慣れた感じで言い訳をする。
(14)(中納言は)威勢が増して、太政大臣邸に同居しているのも手狭になったので、三条院に移られる。少し荒れていたのを、とても立派に修理して、大宮が住んでいらっしゃった部屋を、改装してお住まいになる。昔のことが懐かしく思い出される、申し分ない住まいである。庭先の植込みなども(あの頃は)まだ小さな木だったが、今はたいそう茂って木陰ができ、一箇所に植えてあった薄(すすき)も伸び放題になっていたが、(きれいに)手入れされる。遣水(やりみず)の水草も取り払ったので、とても気持ちよさそうに流れている。
風情ある夕暮れのひと時、(中納言と雲居雁とは)二人で(庭を)眺めて、仲をさかれた、幼い頃の話などをされると、恋しく思うことが多く、
〈女房たちはどう思っていたのだろう?〉
と、女君は恥ずかしく思い出される。古くからの女房たちで、暇を取らないで、仕えていた者たちがそれぞれの部屋から、(二人の前に)集まってきて、
「ほんとに嬉しい」
と喜び合う。男君が、
なれこそは 岩もるあるじ 見し人の ゆくへは知るや 宿の真清水
(おまえこそこの邸を守っている主[あるじ]だ 昔ここでおまえを見ていた大宮の行方は知っているのか 真清水よ)
女君が、
なき人の かげだに見えず つれなくて 心をやれる いさらゐの水
(亡くなった大宮の影さえ映さず 知らない顔をして澄んでいる浅井戸の水)
などとおっしゃっていると、(父の)太政大臣が、宮中から帰る途中、(この邸の)紅葉の美しさに目が止まり立ち寄られた。
(邸は)大宮がいらっしゃった頃の様子と、少しも変わったところがなく、周囲の雰囲気も落ち着いているのに(二人が)住んでいらっしゃる様子が、華やかで幸せなのをご覧なると、(太政大臣は)感慨深いものがある。中納言も、改まった表情で顔を少し赤らめて、ますますしんみりとしていらっしゃる。理想的なほどお似合いの夫婦だが、女君のほうは(美しくはあるが)、このくらいの容貌の人ならほかにもいそうに見える。(それに比べ)男君は、この上なく気品があって美しい。古参の女房たちもそばに座り込んで、古めかしい昔話を話して聞かせている。(太政大臣は)さっき二人が手習に書いた歌が、散らばっているのを見つけられて、(大宮を懐かしがって)しんみりとしていらっしゃる。
「わたしも清水に(大宮のことを)聞いてみたいが、(新婚の二人には)年寄りの泣き言は不吉だから」
とおっしゃる。
そのかみの 老木はむべも 朽ちぬらむ 植えし小松も 苔生いにけり
(昔の老木が朽ちてしまったのも無理もない あの時植えた小松も苔が生えてしまったのだから[子供だったわたしもこんなに年を取ってしまったな])
男君の乳母の宰相の君は、(中納言に)辛い思いをさせた(太政大臣のことを)忘れもしないので、勝ち誇った顔で、
いづれをも 蔭とぞたのむ 二葉より 根ざしかはせる 松のすゑずゑ
(どちらも頼りにしています 幼い時からここで仲良くお育ちになったお二人ですから)
年老いた女房たちも、こういう意味の歌を次々と詠むので、中納言は
〈おもしろい〉
と思われる。女君は無性に顔が赤らんで、心苦しく聞いていらっしゃる。
(15)十月の二十日過ぎの頃に、六条院に(冷泉帝の)行幸がある。紅葉の盛りで、興趣(きょうしゅ)も深いはずの行幸なので、(帝から)朱雀院にもお誘いの案内があって、院までお越しになるので、世にもまれな めったにない盛儀ということで、世間の人も心をときめかしている。主人側の六条院でも、心を尽くして、まばゆいほどの準備をされる。
午前十時頃に行幸があり、まず馬場殿(うまばどの)に、左右の馬寮(めりょう)の馬を引いて並べ、左右の近衛府の武官が並んで立った作法は、五月の節句の競射の儀式と区別がつかないほど似ている。午後二時を過ぎる頃に、南の町の寝殿に移られる。(帝の)通り道の反橋(そりはし)や、渡り廊下には錦を敷き、外からあらわに見えそうな所には(絵を描いた)幔幕(まんまく)を引いて、厳重に設営してある。東の池に船を何艘か浮かべて、(宮中の)御厨子所(みずしどころ)の鵜飼の長(おさ)と、六条院の鵜飼とを呼ばれて、鵜を放たれる。(鵜は)小さな鮒(ふな)を何匹かくわえている。特別にご覧にいれるわけではないが、(帝が)お通りになる時に興をそえるために用意してある。築山(つきやま)の紅葉はどの町も見劣りすることなく美しいが、(中宮の)西の御殿の紅葉は格別なので、南の御殿と仕切ってある廊下の壁を崩し、中門(ちゅうもん)を開けて、さえぎるものなく(南の御殿から)見渡せるようにしてご覧にいれる。帝と朱雀院の立派な席を二つ用意して、主人の(源氏の君の)席は一段下げてあったのを、帝のお言葉によって(同列に)直させられたのは、素晴らしく思えたが、(それでも)帝は決まり以上の礼を尽くしてあげられないのを残念に思われる。
池でとった魚を、左少将が持ち、蔵人所(くろうどどころ)の鷹飼(たかがい)が北野で狩をして捕まえた鳥ひとつがいを、右少将が捧げて、寝殿の東から(帝の)前に出てきて、階段の左と右に膝をついて(それぞれ)献上の旨を奏上する。太政大臣が(帝の)お言葉を(二人に)取り次いで、(その魚と鳥を)調理して食膳にさし上げる。親王たちや、上達部たちの食事も、珍しい料理で、いつもとは趣向を変えて作っていらっしゃる。皆酔われて、暮れかかる頃に雅楽寮の人々を呼ばれる。大がかりな舞楽ではなく、優雅におもしろく演奏して、殿上の童が舞う。その昔朱雀院で行われた紅葉の賀のことが、例によって思い出される。『賀皇恩』という曲を演奏するときに、太政大臣の末の子の十歳ほどになる子が、とても上手に舞う。帝は、(じぶんの)着物を脱いで与えられる。太政大臣が(庭に)降りて(お礼の)拝舞をされる。主人の源氏の君は、菊を折らせて、青海波を舞われた時のことを思い出していらっしゃる。(源氏の君は)
色まさる まがきの菊も をりをりに 袖うちかけし 秋を恋ふらし
(色が一段と美しくなった垣根の菊も 機会があるたびに 菊をかざして舞った 昔の秋を恋しく思い出しているだろう)
太政大臣も、この(紅葉の賀)時には同じ舞を(源氏の君と)並んで舞われたが、(今こうして源氏の君の威勢を目の当たりにすると)
〈わたしも人よりぬきんでた身分(太政大臣)ではあるが、やはり源氏の君の身分(准太政天皇)とは格段に違う〉
と(源氏の君の偉大さを)思い知らされる。時雨までも、(感動の涙を流す)時を知っているかのように降りはじめる。
「むらさきの 雲にまがへる 菊の花 にごりなき世の 星かとぞ見る
(紫雲かと見違えるほどの菊の花は〔帝・上皇と同列のあなたは〕 濁りのない聖代の星ではないかと思われます)
まさに(秋をおきて)時こそありけれ(菊の花 移ろふからに 色のまされば)〔古今集〕で 時が経つにつれて栄えていらっしゃる」
と(太政大臣は)おっしゃる。
(16)夕風か吹いて敷きつめられた紅葉は濃いの薄いのと色とりどりで、錦を敷いた渡り廊下と見間違えるほどの庭に、器量の可愛らしい、名門の子息の童たちが、青や赤の白橡(しらつるばみ)の袍(ほう)や、蘇芳(すおう)、葡萄染(えびぞめ)の下襲(したがさね)などを、いつものように着て、髪は例の角髪(みずら)に結い、額に天冠をつけただけの扮装で、短い曲をほんの少し舞いながら、紅葉の木陰に入ってゆく姿は、日が暮れるのも惜しいほどである。楽所(演奏する場所)でも大げさな演奏はしないで、(やがて)屋内での演奏がはじまって、書司(ふんのつかさ)の琴などを取り寄せられる。興が高まる頃に、(冷泉帝・朱雀院・源氏の君の)前にも琴が運ばれる。宇多天皇愛用の和琴(わごん)の名器の昔ながらの音色も、朱雀院は、ずいぶん久しぶりに感慨深く聞かれる。
秋をへて 時雨ふりぬる 里人も かかる紅葉の をりをこそ見ね
(宮中を去り何度かの秋を経て 時雨が降るとともに年老いた 里住まいのわたしも こんな紅葉の 美しい時を見たことがない〔注:わたしの在位中はこういう紅葉の賀はなかったの意〕)
(朱雀院は)恨めしく思っていらっしゃるようである。帝が、
世のつねの 紅葉とや見る いにしへの ためしにひける 庭の錦を (世間普通の紅葉と思ってご覧になっているのでしょうか 今日は桐壺帝の『紅葉の賀』の例にならった庭の錦なのです〔院は東宮だった時ご覧になったはずですの意〕)
と説明してあげられる。(帝の)容貌は年とともにますます立派になられて、(源氏の君と)まったく同じ顔に見えるが、(そればかりか)そばにいる中納言までも、(このお二人の顔と)違わないのには驚いてしまう。(中納言は)高貴な気品という点では、(帝への)思いこみから(帝より)劣るかも知れないが、水際だった艶やかな美しさは(中納言が)勝ってるようにさえ見える。(中納言は)笛の役をつとめられるが、その音色はとても素晴らしい。(催馬楽や朗詠を)唱歌する殿上人が、階段に控えているが、(その中でも)弁少将(太政大臣の子息)の声が優れている。
このように(源氏の君と太政大臣の)ご両家に優れている人が揃っているのも やはり前世の宿縁に恵まれていらっしゃるからだろう。 |
|